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しゅっぱつ!すいっと探険隊アーカイブ

2023年5月21日(日)熊谷市江南中央・板井地区

 しゅっぱつ!すいっと探険隊。今回は、熊谷市江南中央・板井地区周辺の探検です。出演は、すいっとプロジェクト代表の樽見潔、ナビゲーターは蓮沼千尋さんです。探検のお話の後には、江南地区の公共交通、荒川など橋の渋滞を緩和するために、などお話しさせて頂きました。

 

 熊谷駅から、埼玉県立循環器・呼吸器病センター行きのバスへ乗ると、荒川の流れの美しさにも気付くことが出来ます。普段、マイカーを運転しているとそうは行きません。しばらくバスに揺られ江南地区の中心を抜けると、天神南バス停に降り立ちました。

 

 お昼前でしたので、「おにっこハウス」に立ち寄りランチを頂きました。建物には、自家製味噌や食品など多数揃った売店や、レストランがあります。日替わりランチは「鯖のチリソース」。小鉢も2品付いて充実のランチです。ここは就労継続支援の事業所となっていて、障害をお持ちの方も働いていました。優しい味の料理、優しい空気の流れるお店でした。

 

 

 沿道の麦畑は青々していて、麦秋にはまだ早いかなと言ったところ。空の青さと吹き渡る風が気持ちよいです。

 

 さて、先頃耳にした「江南の藤」。大島さんという個人のお宅に咲き誇っていました。お庭の藤棚は300畳を越え、幹周りは埼玉県でもっとも太いそうです。藤棚の下に入ってみると適度に日光が遮られ、垂れ下がる紫色の可憐な花々を存分に楽しませて頂きました。

 

 

 移動のため、埼玉県立循環器・呼吸器病センターにあるバス停から、バスに乗ります。こちらの規模の大きな病院は、埼玉県立小原療養所という結核の療養所が前身。となりには、埼玉県立高等看護学院があります。そして、南側の嵐山町に入ったところには、埼玉県立嵐山郷という重度知的障害や心身障害のある方のための障害者支援施設があります。

 

 熊谷駅行きのバスに乗り、大沼公園バス停で下車。ここは江南地区の中心部の交差点で、辺りにはコンビニやおそば屋さん、建物も多い場所でした。

 

 南下して住宅地を抜けると、大きな湖面が目に飛び込んできました。ここが大沼公園。青い空を映した水面を吹く風に、爽快感が駆け抜けました。池の真ん中には弁天島があり、赤い木橋を渡って行くことが出来ます。

 

 

 来た道を戻り、途中郵便局に寄るなどしながら、熊谷市立江南文化財センターへ行ってみました。もちろん文化財行政の部署ですが、展示室があり「踊る埴輪」などの資料や、解説のパネル展示を楽しむことが出来ます。

 

 あたりには、江南総合文化会館ピピアがあり、その駐車場のフェンスには認定NPO法人熊谷市ほたるを保護する会の掲示がありました。この近くの小川では、毎年5月下旬から6月中旬まで、天然のほたるが見られるのだそうです。ほたるは午後8時頃から飛び始めるとのこと。そして、ほたる祭りの開催もあるとのことで、江南行政センターで教えて頂きました。

 

 第15回こうなんホタル祭りで、令和5年6月3日土曜日18:30~21:30に、江南総合文化会館ピピアの駐車場で行われるそうです。模擬店の出店や、小学生が描いたキャンドルへの点灯などもあるのだとか。

 

 探検の終盤、江南行政センターのほど近く、住宅街をぬけて、NEWLANDに行ってみました。そのなかにある「Raw Souk」(ロースーク)で、ストローベリーとブルーベリーのスムージーを頂きました。適度に歩き疲れた身体にはとてもうれしいスムージーで、身体がうれしそうです。お店で聞いた「Eat Positive おいしく食べて、前向きな毎日を」の言葉がとても印象的でした。フードメニューもありますし、ナッツなど食品の量り売りもあって、ディスプレイを眺めているだけでも楽しくなります。

 

 

 江南地区は広いですが、今回は江南中央地区と板井地区を回ってみました。始めに立ち寄った「おにっこハウス」には、ワイルドナイツサイクルシェアリングを利用されて訪れた方々もいらっしゃましたので、自転車で巡ってみるのも楽しそうです。

 

 さて、熊谷駅からの路線バスは、荒川大橋を渡りました。荒川大橋に限りませんが荒川や利根川にかかる橋は、朝夕どこも大変混雑しています。もっと路線バスなどの公共交通が利用されればそれらの混雑は解消されたりしないでしょうか。

 

 江南地区で、より公共交通が利用されるためには、路線バスの本数や始発・終バスの時間は大切な要素ですが、ほかにも地上の施設の充実を希望したいです。駅ではないにしても、核となるような地域の交通ターミナルがあって、自転車やマイカーでもバスに乗換が出来るなどいかがでしょうか。ほかにもポールが一本立っているだけのバス停でも、駐輪場の設備があるとどうでしょうか。そういうことをこれからも考えてみたいと思いました。

 

 

今日、おかけした曲

・PSY「Gangnam Style」

・Minnie Riperton「Lovin' You」

・今井美樹「野性の風」

 

(樽見 潔)

2023年4月16日(日)熊谷市かめの道周辺

(ただいま作成中です。)

しゅっぱつ!すいっと探険隊。今回は、熊谷市・かめの道の探検です。1983年(昭和58年)に東武熊谷線が廃止されてから今年で40年。かめの道は、その跡地に整備された遊歩道です。出演は、すいっとプロジェクト代表の樽見潔。ナビゲーターは蓮沼千尋さんです。

 

今日おかけした曲

・YMO「君に、胸キュン。ー浮気なヴァカンスー」

・松田聖子「瞳はダイアモンド」

・原田知世「時をかける少女」

2023年3月19日(日)熊谷市立熊谷東小学校通学区域周辺

(ただいま作成中です。)

今回、樽見はFMクマガヤ局長の宇野元英さんと、熊谷市立熊谷東小学校通学区域周辺を探検しました。出演は、すいっとプロジェクト代表の樽見潔、ナビゲーター(代打)は宇野元英さんです。

 

おかけした曲

・わらべ「めだかの兄妹」

・寺尾紗穂「歌の生まれる場所」

・山下達郎「Endless Game」

2023年2月19日(日)JR両毛線前橋駅周辺・自動運転バス実証実験

(ただいま作成中です。)

しゅっぱつ!すいっと探険隊、今回はJR両毛線前橋駅周辺の探険です。そして、前橋で行われている自動運転バス乗車体験についてもお伝えします。

出演は、すいっとプロジェクト代表の樽見潔、アマチュア落語家の桂小前治さん、大学院生の望月友貴さん、そしてナビゲーターはFMクマガヤの蓮沼千尋さんです。

 

今日おかけした曲

・藤井風「きらり」

・kiki vivi lily「AM0:52」

・カーペンターズ「青春の輝き」

2023年1月15日(日)秩父鉄道行田市駅周辺

(ただいま作成中です。)

今回は、秩父鉄道行田市駅周辺の探険です。出演は、すいっとプロジェクト代表の樽見潔、脚本家の中野優子さん、そしてナビゲーターはFMクマガヤの蓮沼千尋さん。

 

今日おかけした曲

・岩崎宏美「小さな旅」

・さかいゆう「おはようサンシャイン」

・大貫妙子「Do you smile again」

2022年12月18日(日)JR川越線・東武東上線川越駅周辺

 しゅっぱつ!すいっと探険隊。今回は、JR川越線・東武東上線川越駅周辺の探険です。出演は、すいっとプロジェクト代表樽見潔、ナビゲーターは蓮沼千尋さん。

 

 熊谷から川越へは、まずJR高崎線で大宮駅へ向かい、JR川越線に乗り換えて川越駅へ向かいます。川越駅には人が多かった。東武東上線との乗換駅でもあるし、路線バスも多数乗り入れています。東口にはアトレまるひろ、マインといった商業施設があります。また蔵造りの街並み、喜多院、氷川神社など川越観光へ向かう方は東口が玄関口となるでしょう。

 

100周年100周年

 

 駅には「市制100周年」と書かれた横断幕が多数ありました。川越市は、埼玉県西部の中心都市。かつては川越城の城下町として栄え、1922年(大正11年)には当時の川越町と仙波村が合併し、埼玉県で初めての市となります。そして今年、令和4年(2022年)に市制100周年を迎えました。観光地としてもたくさんの来訪者がありますし、毎年行われる川越祭りは大変な盛り上がりを見せます。

 

 川越には鉄道が3路線乗り入れています。1895年(明治28年)には現在の西武新宿線本川越駅、1914年(大正3年)には現在の東武東上線川越市駅、そして1940年(昭和15年)には現在のJR川越線川越駅が開業しています。それら路線を利用することで、川越からは、池袋、和光市、坂戸市、越生町、東松山市、寄居町、狭山市、所沢市、さいたま市、日高市、飯能市など多方面に向かうことが出来ます。

 

 

 さて、川越駅へ降り立った私は、西口へ向かいました。ペデストリアンデッキ(歩道橋)バスターミナルをまたいで駅前通りへと伸びています。

 西口周辺は区画整理が行われた様子があり、東口が歴史を感じさせる川越の街とすると、それとは対照的に新しい街といったイメージです。

 

 

 そのペデストリアンデッキを進むと、見た目が真っ白な11階建ての複合施設へたどり着きました。こちらは2020年にオープンした「U_PLACE」といい、川越市と民間のデベロッパーが組み官民連携で行われた事業なんだそうです。コンビニやファーストフード店などの飲食・商業施設、川越市の行政窓口、クリニックや調剤薬局といった医療機関、銀行、フィットネスクラブ、そしてホテルが入居。夜になると、イルミネーションや「U_PLACE」のロゴがきれいで、写真を撮る方も多い様子でした。

 

曲ⅰ シンリズム「LADY」

 

 駅前通りを「U_PLACE」の先へ進むと、さらに新しめの空間が広がっています。「ウェスタ川越」。街区の中に、ショッピングモールのウニクス、埼玉県の地方庁舎、川越市の行政機関、大ホールなどが備わった公共施設棟、そしてにぎわい広場があります。

 取材日には、にぎわい広場で「ファーマーズマーケット」が開かれ、100店舗近い出店がありました。地元の農産物やサツマイモなどの加工食品、お菓子など美味しそうな商品がたくさん見られました。100店舗近い出店ということは、にぎわい広場がそれだけ広いと言うことですよね。

 

 ウェスタ川越で私が注目したのは、大ホール。客席数は約1700席で、オーケストラピットや花道を作ることも出来るホールです。読者の皆さんはオーケストラピットをご存じでしょうか。オペラなどで座席の最前列辺りにオーケストラが陣取っているのを見た方があるかもしれません。150から200席ほどの座席を収納し、その床面が上下するのです。ステージと同じ高さにセットすれば、ステージをとても広く使うことが出来ます。反対に、座席より低い位置にセットすれば、オーケストラを配置することが出来ます。大変立派な設備です。

 

 私事ですが、混声合唱団ラ・フォンターナという合唱団に所属してミュージカルを演じています。都合で、ここ何年か私はお休みしていますが。合唱団の定期演奏会は、2年に一度、熊谷文化創造館さくらめいと太陽のホールで行うのですが、実はさくらめいとには、そのオーケストラピットがあるのです。私たちは、そのオーケストラピットに、指揮者や楽器演奏者を配置しますので、ステージ上では合唱隊や演技をするメンバーが広く使うことが出来るのです。熊谷市に、オーケストラピットのあるホールがあることは誇れることかもしれません。

 

 また熊谷市では、過去、熊谷会館が閉館してしまいましたし、ウェスタ川越のような施設が熊谷にもあればよいのに、と思いました。

 

 取材を進める中で、食事の機会も訪れました。お友達の情報から、西口周辺に名店があると紹介を受け、カフェ「パトリシア」さんを訪問しました。ビルの1階に入居するお店は、とても暖かみのある印象。私は、お店で一番人気という「パトリシア風カオマンガイ」を頂きました。

 ご飯の上にボイルされた鶏肉と、レタスなどたっぷりのお野菜がのり、ちょっぴり辛いソースで頂くワンプレートのごはんです。鶏肉は、とろーり半熟卵と食べると格別です。食後のコーヒーも、好みを伝えると、美味しいコーヒーを提案してもらえます。

カオマンガイ 

 

 店主は高綱さんという女性の方。すごい人です。聞けば、毎年、川越コーヒーフェスティバルを蓮馨寺(れんけいじ)というお寺の境内で開催しているそう。高綱さんが選りすぐった、全国の30店のカフェが、川越に集結します。

今年の開催日は、12月10日土曜日と11日日曜日。パトリシアさんを取材したのが12月4日でしたので、次週、取材のため再度川越に向かうことにしました。

 

曲ⅱ JUJU「WITH YOU」

 

 12月11日日曜日に、再度川越を訪問。川越市内の蓮馨寺(れんけいじ)では、パトリシア店主高綱さんの思いがこもった「川越コーヒーフェスティバル2022」が開かれていました。境内には、たくさんの人出。入り口で入場料500円を支払うとピンク色のリストバンドを渡され、私は音楽フェスのときのように腕に着用しました。

 全国から30店の出店があると聞いていましたが、実はオーストラリアからの出店者もいるとのことでした。高綱さん、すごいです。

蓮馨寺

 入場したのち、どこのお店で何杯コーヒーを購入しても良いのですが、そのたびにレギュラーサイズを飲むと、すぐにお腹がチャポンチャポンになってしまいますよね。川越コーヒーフェスティバルには、飲み比べができる4杯分のテイスティングチケットが用意されていて、それを購入するとお店では小ぶりのカップでコーヒーを提供してもらえるのです。いいシステムだと思いませんか。

 会場では野外ライブも開かれていて、音楽を楽しみながらコーヒーを飲むことも出来ました。

小カップ 

 最後になりますが、川越は埼玉県西部の中心都市ですが、熊谷は北部の中心都市です。双方の交流がもっと活発になるといいと思いませんか。川越には、池袋と寄居を結ぶ東武東上線が乗り入れていますから、熊谷と東松山の間に鉄道新線を建設すれば、熊谷から川越まで新しい鉄道のルートが開かれることになります。また、川越で乗り換えることにより、西部各地へも道が拓かれることでしょう。すいっとプロジェクトでは、このような鉄道新線構想をこれからも訴えていきたいと思っています。

 

曲ⅲ Lamp「今夜も君にテレフォンコール」

 

 今回は、市制100周年を迎え、ますます進化する川越の新しい取り組みを取り上げました。

 

おかけした曲

・シンリズム「LADY」

・JUJU「WITH YOU」

・Lamp「今夜も君にテレフォンコール」

 

(樽見 潔)

2022年11月20日(日)熊谷スポーツ文化公園のアクセス・スポ文の未来像

 しゅっぱつ!すいっと探険隊。今回は、熊谷スポーツ文化公園のアクセスと、公園の未来像を、リスナーの皆さんと考えました。リスナーの皆さんからは、メッセージをたくさん頂きました。出演は、すいっとプロジェクト代表樽見潔、ナビゲーターは蓮沼千尋さん。

 

 11月6日(日)に熊谷スポーツ文化公園ラグビー場Aグラウンドでは、関東大学ラグビー対抗戦が行われ、明治大学と慶應義塾大学の対戦などありました。各試合の観客数は7,000人程度。出店も多数あり、食事も楽しめたようです。有料駐車場は予約制ですが、入り口は混雑。熊谷駅から臨時バスがたくさん走りました。ラグビーロードは大変混雑し、熊谷駅からラグビー場へ向かったバスが熊谷駅へ戻るのが遅くなり、熊谷駅のバス停ではバスを待つ人たちの行列が大変長くなった時間があったそうです。また、ラグビーロードにはワイルドナイツサイクルシェアリングの利用者や、駅からラグビー場を目指す歩行者も見られました。

 

 熊谷スポーツ文化公園は、平成3年(1991年)に開園。平成16年(2004年)秋には第59回国民体育大会「彩の国まごころ国体」のメイン会場となり、令和元年(2019年)秋にはラグビーワールドカップ2019の会場として使われました。また、開園前の昭和63年(1988年)には、さいたま博覧会が開かれています。

 令和3年(2021年)にはパナソニックワイルドナイツ(ラグビー)が熊谷に移転し、さくらオーバルフォートが開設。他にも中高生の各種スポーツ大会やオーガニックフェスタが開催されるなど、県民の憩いの場のほかイベント会場としても活用されています。

 

 熊谷スポーツ文化公園の観客席数を紹介しますと、ラグビー場Aグラウンド24,000席、Bグラウンド1,800席、陸上競技場15,400席。彩の国くまがやドームでは、体育館2,500席、多目的運動場が840席となっています。駐車場台数は、常設1,400台、臨時1,400台で全体では2,800台となっています。熊谷駅からの道のりは約4km、歩いて50分程度となっています。

 

 リスナーさんのメッセージから。

  •  スポ文はスポーツやレジャーはもちろんですが、メディアの収録などにも活用できるのではないか。
  • 遠方から来た方にはまだまだ不便なので、宇都宮市で導入予定の次世代路面電車LRTを考えてみるのもよいですね。
  • LRTやロープウェイなどハードを作ると新規の運営会社が必要となる。熊谷駅から地上または地下にバス専用道路を作るのが現実的。
  • スポ文の未来像、これからの時期はイルミネーションだと思うので、スポ文をイルミネーションで飾り、「夏も暑いが、冬の熊谷も熱いぞ!」とアピールしたい。樽見さんが計画している鉄道化は、まずは年間通して安定的に人が訪れてくれるような場所にしないと。スポーツ大会・歌手のライブ・B級グルメの全国大会など「聖地化」したい。BRTにして連節バスを導入したり、ラグビーロード上にモノレールを通して欲しい。妄想は膨らむばかり。

 

 BRTとは、おおむね専用の走行路を持つ路線バスです。地方の赤字ローカル線をリニューアルする場合や、都市部で車に影響を受けずバスを優先的に運行させるためなどに取られている方式です。

 樽見が想像している鉄道とは、東武熊谷線跡地を再利用して電車を走らせようというものです。かめの道から北上して、熊谷バイパスを交差した辺りで公園へ進路を取ろうというもの。たとえばラグビー場だけでも観客席が24,000席あるわけですから、24,000人をスムーズに公園へ迎え入れ、ゲームが終わればスムーズに24,000人を公園から送り出すことが重要だと思います。輸送力を重視して「鉄道」がふさわしいと思っているのです。

 

 ここで乗り物ごとのおおよその定員を紹介。

  •  路線バス(中型)60人
  • 連節バス2両120人
  • 宇都宮のLRT3両160人
  • 東京モノレール6両600人
  • 通勤電車10両1,500人
  • 通勤電車15両2,250人

 

 さて、さらにメッセージを紹介。

  • 熊谷駅とスポ文を行き来するのに、路線バスとシェアサイクルを利用したがとても快適だった。ラグビーロードはまっすぐなので物足りないくらい。ラグビーロードにはバラエティに富んだお店があるので、トラムが走っていたらとても楽しいと思う。実現可能性はあえて考えず想像。
  • スポ文はお気に入りスポット。一人バスケもできるしウオーキングもできる。昔つきあっていた人との思い出の場所で、ときには涙で前が見えなくなるときもあった。駐車場が広くて助かる。
  • スポ文のアクセスの悪さは日本一。これまで、さいたま博覧会、彩の国まごころ国体、ラグビーワールドカップなど改善のチャンスはあったのに、先を読まない縦割り行政と利権ありきの交通網整備で鉄道路線を作らなかった熊谷。また、鉄道路線の無くなった地域、その後はどうなっていますか?

 

 トラムというのは路面電車のことで、ヨーロッパなどで街に路面電車を走らせてにぎわいが生まれた事例があります。

 スポ文ができてから、思い出はたくさんできたでしょうね。皆さんの心の中でスポ文が大切な場所になってきていること、想像しています。

 厳しい指摘です。しかし、公園でたくさんイベントが開かれる、公園が活用されることを望むならアクセスをセットで検討されることは当然のことではないでしょうか。

 

 番組の最後には、公園の未来についてときたま聞かれる声を紹介。スポ文のとなりにテーマパークやショッピングモールを併設するアイデアは、普段ちらほら耳にします。あのあたりが楽しい「街」になったら素敵ですね。

 

 今回の番組では、特に結論を出すことはせず、皆さんの意見、皆さんが描くアクセス・公園の未来像を共有することを優先させました。

 

 番組内では触れませんでしたが、駐車場はもっと広くても良いかもしれません。そして、新しい交通手段は将来のことですが、比較的早期に出来ることを考えることが重要ではないでしょうか。マイカーがたくさん集まるより、バスが利用されることにより渋滞の車列は短く出来るし、駐車スペースは少なくて済みます。具体的ではないかもしれませんが、路線バスやチャーターバスの乗り入れを優先して、それらバスの出発地を多様化させることを考えてみるのは面白いかもしれません。

 

おかけした曲。

  • 村松健「NIGHT FLIGHT」
  • トランプス「Trammps Disco Theme」
  • 大井健「希望の明日へ」

 

(樽見 潔)

2022年10月16日(日)熊谷市別府地区

(ただいま作成中です。)

しゅっぱつ!すいっと探険隊。出演は、すいっとプロジェクト代表の樽見潔、別府地区に詳しい木部哲也さん、ナビゲーターは蓮沼千尋さん。

 

おかけした曲

  • 安全地帯「あの頃へ」
  • 来生たかお「トワイライト~夕暮れ便り~」
  • 西脇唯「風の住む星」

2022年9月18日(日)群馬県大泉町・東武小泉線西小泉駅周辺

(ただいま作成中です。)

出演は、すいっとプロジェクト代表の樽見潔、大泉町に詳しい中尾大助さん、ナビゲーターは蓮沼千尋さん。

 

おかけした曲

・中森明菜「ミ・アモーレ」

・槇原敬之「どーもありがとう」

・いきものがかり「今走り出せば」

2022年8月21日(日)SLFMクマガヤ号・秩父鉄道秩父駅周辺

(ただいま作成中です。)

出演は、すいっとプロジェクト代表の樽見潔、ナビゲーターは蓮沼千尋さん。

 

おかけした曲

・ビリー・バンバン「夢を紡ぐ季節~時は今、君の中~」

・土岐麻子「smilin'」

・椎名林檎×斎藤ネコ+椎名純平「この世の限り」

2022年4月17日(日)あらためまして、すいっとプロジェクトです!

新年度から、番組はリニューアル。

放送時刻は1時間繰り上がり、毎月第3日曜日17:00~17:54に。

そして、新ナビゲーターは蓮沼千尋さん。

リニューアルですし、あらためてすいっとプロジェクトの紹介をしました。

すいっとプロジェクトの活動は二本柱。

ひとつは、新しい交通・鉄道新線構想の提案。

もう一つは、電車・バス・タクシーなど地域の生活の足を考える活動。

新しい交通・鉄道構想の主なものは、東京より北の新しい環状鉄道。

それは、代表樽見潔が、大学生の時に思い描いた妄想(空想)でした。

それを2012年にホームページで公開したとき、タイトルが「すいっとプロジェクト」でした。

 

 

今日おかけした曲

・嵐「One Love」

・m-flo「come again」

・安藤裕子「唄い前夜」

2021年11月21日(日)シェアサイクルを利用して、熊谷スポーツ文化公園から、くまぴあまで

しゅっぱつ!すいっと探険隊。今日は、ワイルドナイツサイクルシェアリングを利用して、熊谷市スポーツ文化公園から熊谷スポーツ文化村「くまぴあ」まで探険します。

 

最近、SNSなどでワイルドナイツサイクルシェアリングを利用した報告を見かけるようになりましたし、FMクマガヤのパーソナリティーさんが利用したと話しているのを聴くようになりました。シェアサイクルを交通手段の一つとして、興味津々な私は、早速利用してみることにしました。

 

今回は樽見がひとりで探険しました。まず熊谷駅北口から、国際十王バス葛和田行きに乗り、約15分の赤城神社バス停で下車します。バス停から2分歩くと、ワイルドナイツサイクルステーション&カフェに着きます。

 

ワイルドナイツサイクルシェアリングは、乗りたいときに借りて、行きたい場所で返すことができる自転車のシェアサービス。現在、熊谷市内に、自転車の貸し借りのできるサイクルステーションが10カ所あります。借りた場所で返すことができますし、別の場所で返すこともできます。

 

利用には、スマートフォンとアプリ「ecobike」のダウンロードが必要。まず、アプリで会員登録と利用料支払いのためにクレジットカードの登録が必要です。ひととおり準備ができれば、あとは貸し出しから返却まで、スマートフォンアプリでできます。

 

さて、自転車を借りるときは、アプリの「借りる」ボタンをタップして、自転車のサドルの下にあるQRコードをカメラで読み込みます。すると自動で解錠されます。

 

まず、ぐるっと熊谷スポーツ文化公園を散策したあと、ラグビー場のある西側の公園敷地からほど近い、八木原牧場に寄ってみました。駐輪場ではしっかりと自転車を施錠します。ただし、持ち歩くような鍵は付いていません。

 

八木牧とも呼ばれている八木原牧場。園内では、やぎさんとうさぎちゃんたちが出迎えてくれました。園内のパークハウス(売店)では、ソフトクリームやクッキーなどが購入できます。私も美味しいソフトクリームを楽しみました。

 

曲ⅰ マイケル・ジャクソン「Love Never Felt So Good」

 

さて、探険を進めます。自転車はアプリの「解錠」ボタンをタップすることで自動解錠されます。次にどこに向かおうかと思いましたが、八木牧のとなりに「晴湖の道」があったので、すぐに自転車を駐めました。

 

奥原晴湖という幕末から明治にかけて活躍した女流画家が、晩年をここ熊谷市上川上地区で過ごしたといいます。

晴湖は、1837年(天保8年)いまの茨城県古河市に生まれます。若いときから絵画や書を学び、29歳の時に上京。画家としての活躍のほか、政界の名士や文学界とも交流があり、華々しい人生を送っていたようです。

1891年(明治24年)には今の熊谷市上川上に移り住み、創作活動を続けます。作風は、これを境に、豪快な画風から、精緻な画風に変わっていったそうです。

そして、1913年(大正2年)77歳で生涯を閉じます。上之地区の龍淵寺にお墓があるそうです。

 

熊谷では、荻野吟子との交流もあったそうです。晴湖が使っていた画室の跡地に通じる道は、のちに晴湖の道として再現され、「奥原晴湖終焉の地」の碑が建てられています。

今年5月、茨城県古河市を探険したときに、古河出身の奥原晴湖が上川上地区に移り住んでいたことはわかっていましたが、古河の博物館がコロナ対策のため休館していたので、紹介できずにいました。今回、ようやく晴湖を番組で紹介できうれしく思います。

 

自転車に再び乗り、私は、国道17号熊谷バイパスを横断して南下しました。そして成田小学校前交差点から、箱田地区へ向かうことにしました。富士見中学校の北側を通り抜け、肥塚伊奈利神社でひとやすみ。その先、第二北大通りを渡ると沿道に和菓子屋さんがありました。ばらや。

 

ばらやさんでは、おまんじゅうを頂きました。見た目は茶色くて、温泉場でよく見かけるものです。「ばらや」と縦書きの焼き印が入っていました。そして、ひとくちパクつくと、なんと中には白あんが入っているではありませんか。茶色いおまんじゅうには、小豆色のあんが入っていると思っていたのでびっくりしました。大変美味しいおまんじゅうで、その上ビジュアルでも楽しませて頂きました。

お店の方にお話を伺うと、お店の一番人気は豆大福なんだそうで。その日は売り切れていましたので、次の機会は豆大福を拝みたいと思います。

 

曲ⅱ ショコラ「口笛で恋をしよう」

 

箱田地区からは、石原小学校と大原中学校の間の道路を進みます。程なくして国道17号線の石原一丁目歩道橋交差点に出ました。ここは、秩父街道が分岐していますし、「かめの道」が交差しています。私は「かめの道」を北上することにしました。

「かめの道」は、1983年(昭和58年)に廃止された東武熊谷線の廃線跡です。かつて熊谷と妻沼の間をディーゼルカーが走っていました。

今では、緑豊かな遊歩道となっていて、自転車で走るのも気持ちが良いです。途中、熊谷農業高校の農場をかすめ、牛さんにあいさつをしながら自転車は進んでいきます。

 

第二北大通りから北は、クルマが走れるようになっています。私は廃線敷の道路を逸れ、浄水場の脇を通り、国道407号線を横断し、くまぴあへ向かいました。途中に、また伊奈利神社がありました。伊奈利神社の全国ネットワークでもあるのでしょうか。

 

くまぴあには、ワイルドナイツサイクルシェアリングのサイクルステーションがあり、自転車の貸し借りが可能です。サイクルステーションに自転車を駐め、施錠をし、アプリの「返す」ボタンをタップ。これで返却が完了します。課金もここまでです。2時間あまりの探険。しばらくぶりにゆっくり自転車を楽しみました。

 

このあと、くまぴあのレストランで腹ごしらえ。少しくまぴあを散策したあと、最寄りのテレビ熊谷バス停から朝日バスに乗り、熊谷駅まで戻ってきました。

 

ワイルドナイツサイクルシェアリングの利用料金は、15分ごとに88円(税込)。自転車の貸し借りができるサイクルステーションは、現在熊谷市内に10カ所あります。利用時間は24時間ですが、サイクルステーションの中には夜間閉鎖されているところがあるので、注意が必要です。利用方法やサイクルステーションの場所は、アプリから確認できます。また、ワイルドナイツサイクルステーションと熊谷駅店には係員さんがいるので、利用方法を親切に教えて頂くことができます。

 

今回の探険は、熊谷駅から路線バスに乗り、シェアサイクルに乗り継ぎ、くまぴあ最寄りのバス停から路線バスで熊谷駅まで戻ってきました。

 

自分の自転車ですと、出かけたら自分の自転車に乗って自宅に帰ってくることになります。しかし、シェアサイクルでは、出かけた先で自転車を手放すことができる。つまり片道の利用ができるのです。そのため、電車やバスと乗り継いでルートを組み立てて、便利に使うことができます。私は、片道利用ができることがシェアサイクルの魅力的な特徴だと思っています。

 

もちろん、自転車を楽しんだあと、借りた場所に帰ってくることもできるので、観光や買い物をはじめ様々に利用できそうですね。皆さんもご利用になってみてはいかがでしょうか。

 

曲ⅲ デイビット・ベノア「Every Step Of The Way」

 

*写真の貼り付けがうまくいかず、文字ばかりになりすみません。

 

(樽見 潔)

 

今日おかけした曲

・マイケル・ジャクソン「Love Never Felt So Good」

・ショコラ「口笛で恋をしよう」

・デビッド・ベノア「Every Step Of The Way」

 

2021年7月18日(日)熊谷市スポーツ文化村くまぴあ・旧大幡駅周辺

しゅっぱつ!すいっと探険隊。今日は、熊谷市スポーツ文化村くまぴあ・旧東武熊谷線大幡駅周辺を探険します。

 

今回はすいっとのメンバー2人で探険しました。熊谷駅北口から、朝日バスのバイパス経由妻沼行きに乗ります。10分ほどで、テレビ熊谷前バス停に到着。さらに、少し歩くと、「熊谷市スポーツ・文化村くまぴあ」に着きました。

 

くまぴあは、スポーツや生涯学習の拠点。廃校になった旧熊谷市立女子高校の施設を活用しています。くまぴあの広報担当の方によれば、くまぴあは市の施設ですが民間企業が指定管理者となって施設の運営がなされているとのことでした。

 

グラウンドではサッカーの練習が行われていました。音楽室をはじめ元の教室は、いまでは文化活動に使われています。そして、合宿所施設は、いまではレストランと宿泊施設になっています。

 

私は、所属する合唱団のグループ稽古として、以前こちらで合宿を行ったことがあります。食事も美味しかったですね。取材をした日には、すでにランチタイムを過ぎていましたが、その日の日替わりランチメニューは「ローストビーフ」だったそうです。食べてみたいですよね?

 

さて、遅い食事を取ろうと、私たちは国道407号線沿いの蒙古タンメン中本さんへ入りました。人気のお店が熊谷に来たからには、入るしかないでしょう、ということで辛くて美味しいと評判のタンメンを頂くことにしました。私は、蒙古タンメンを注文。食べ始めると、これまでの食事でかいたことのないくらい汗をかきました。

 

実を言うと、私は辛いのは苦手。それでも、麺を口に運ぶたびに、「あー辛い、でも美味しい。あー辛い、でも美味しい」と繰り返しました。リフレインが叫ぶのです。ようやく、上に乗っている麻婆豆腐がとても辛いのだとわかり、避けて食べるようにしました。しかし、終盤、美味しいスープを飲み干すことは断念せざるを得ませんでした。なぜなら、スープに浮かぶ赤い奴らが、それを阻んだからです。辛かったのです。

 

食べ終わって、店内の張り紙に目をやると、そこには丁寧に「初めての方は、味噌タンメンをお勧めします」と書かれているではありませんか。つまり、蒙古タンメンの麻婆豆腐が載ってないバージョンです。次回は、味噌タンメンを味わおうと心に決めて店をあとにしました。

 

大幡小学校あたりまで歩くと、そこには東武熊谷線の廃線敷が現れます。そしてそこは旧大幡駅があった場所でもあります。昭和58年(1983年)、熊谷と妻沼を結んでいた東武熊谷線は廃止となりました。太田へ延伸する計画は未完のままに。いまでは廃線敷が道路になっています。現在、第2北大通りから大幡中学校付近までクルマで走れるようになっています。熊谷市道路課によると、来春には奈良地区まで開通するとのことです。

 

もはや、大幡駅の痕跡はありません。廃止前の大幡駅は無人駅でした。そして、列車の行き違いができない、1面のホームがあるだけ。それでも、駅前でお店を営んでいた名物おばあちゃんが、切符の委託販売所となり、プラットホームの掃き掃除をするなど、尽力されていたようです。テレビの取材もあったとか。

 

くまぴあの運営は、指定管理者制度が導入され民間企業が担っていることを書きましたが、鉄道の運営にも公民連携のような制度はあります。上下分離方式と言って、鉄道の整備(公的セクター)と、鉄道の営業(民間企業)とに分担する方法です。そのような仕組みでいつの日か、熊谷と太田が結ばれる日を夢見ているのですが。

 

大幡団地前には、素敵なカフェがあります。HIKI CAFÉ。

美味しい珈琲を楽しみながら、しばし落ち着いた時間を手に入れて。なんて優雅なのか。

雨宿りをし、身体を休めることができました。

 

時刻は夕方にさしかかりましたが、私たちはもうしばらく歩くことにしました。住宅地を歩いて行くと、広い墓地をかすめ、その先にはメモリアル彩雲があります。道の両側に建物があり、一方では告別式などを執り行う建物、もう一方は火葬場となっています。利用したことのある人ならわかると思いますが、道路の下には地下道があり、2つの建物を行き来できるようになっています。

 

そして近くには、報恩寺という大きなお寺があり、この付近一体は厳かな雰囲気がありました。

 

県道太田熊谷線に出ると、沿道にはコンビニなどの商業施設があるうえ交通量が多く、一転して賑やかな空気に包まれました。市街地へ向かって歩いて行くと、興味深い自動販売機に出会いました。妻沼の菓子店「さわた」さんが設置した、ちーず大福の自動販売機です。これは買いでしょうということで、コインを投入すると、ちーず大福が2個入ったパックが出てきました。大変冷たくなっていて、持ち帰った頃に食べやすく解凍されるようでした。

 

探険はここで切り上げ、西箱田バス停から朝日バスに乗って熊谷駅へ向かいました。

 

熊谷駅では、もちろんちーず大福を頬張りました。

*写真の貼り付けが上手くいかず、文字ばかりになりすみません。

 

(樽見 潔)

 

今日おかけした曲

・きゃりーぱみゅぱみゅ「PONPONPON」

・矢野顕子「David」

・ギルバート・オサリバン「Alone Again - Naturally」

 

2021年6月20日(日)立正大学熊谷キャンパス・滑川町福田方面

しゅっぱつ!すいっと探険隊。今日は、立正大学・滑川町福田方面を探険します。

 

今回は大学生のメンバーと2人で探険しました。熊谷駅南口から、国際十王バス森林公園駅行きに乗ります。鎌倉陸橋の南にある交差点で左折し、荒川大橋を渡ります。村岡三叉路から南下し、江南台地を上っていくと立正大学熊谷キャンパスがあります。

 

 

守衛さんにお願いして、キャンパスを歩いてみました。とても広くて、緑豊かなキャンパスです。

立正大学熊谷キャンパスのことが私は、取材から帰ったあと、立正大学広報課さんから熊谷キャンパスについて詳しく教えて頂きました。

 

立正大学の本部は大崎キャンパス(東京都品川区)にあります。

熊谷キャンパスは、熊谷市万吉にあり、昭和42年(1967年)に発足しました。広さは約35万平方メートルで東京ドーム8個分です。

 

大崎キャンパスが手狭になり、郊外にキャンパスの設置検討を始め、大宮市(当時)や八王子市なども候補になっていたそうですが、誘致活動が熱心であったこと、東京との交通が便利なこと、そして熊谷が地域の中核都市になっていくだろうとの見込みから、熊谷市に新キャンパスを開くことになったそうです。

 

熊谷キャンパスの設計は、槇文彦さんの設計事務所が担当しています。槇文彦さんは、のちに幕張メッセなどを設計した建築家です。学習・研究の機能だけでなく、学生が自由に集えるような空間、そして全体が小さな都市として機能することなどを目指したそうです。優れた建築のため、昭和43年には毎日芸術賞・建築賞を受賞しています。

 

昭和59年(1984年)には、14階建て、ツインタワーの学生寮が完成。遠くからでも見えますよね。

 

そして、熊谷キャンパスの再開発事業が平成19年(2007年)から始まります。アカデミックキューブなど、先進的な建物が建てられました。設計は、石本建築事務所。こちらでは、2011年度グッドデザイン賞を受賞しています。

 

現在、熊谷キャンパスには、社会福祉学部・地球環境科学部・データサイエンス学部が設置されているとのことです。

 

曲のあとでは、立正大学のように東京郊外に移転した大学について、深掘りしたいと思います。

 

曲ⅰ ガロ「学生街の喫茶店」

 

 戦後、日本の高度成長が進むと、東京など大都市には、地方から就労・就学のために人々が集まるようになり、都市の過密が問題となってきました。そこで、昭和34年(1959年)工業等制限法が制定されました。正式名称を「首都圏の既成市街地における工業等の制限に関する法律」といいます。(近畿圏にも同様の法律が、5年後に制定されます。

 

 工業等制限法は、「首都圏及び近畿圏の工業(場)等制限区域について、工場及び大学等の新設及び増設を制限し、もって既成市街地及び既成都市区域への産業及び人口の過度の集中を防止し、都市環境の整備及び改善を図ることを目的」としていました。

 

 制限区域は、東京特別区及び三鷹市の大部分、武蔵野市の全部、横浜市及び川崎市の約半分並びに川口市の一部(約959㎢)。

 

こちらの法律が施行され、東京の大学は、大学を大きくするために、郊外へ新キャンパスを求めていきました。

 

都心の大学がまるごと郊外へ移転したならまだしも、都心のキャンパスと郊外のキャンパスを持つに至った大学では、学生が不便を被ることもありました。大学4年間の前半を郊外のキャンパス、後半を都心のキャンパスで過ごすことにした大学は多いと思われます。すると、大学生活の途中で住所を変えざるを得ない学生も出てくることになります。

 

さて、工業等制限法は、平成14年(2002年)に廃止されます。バブル崩壊後、東京の活力が低下しつつあるころでした。すると、一部の大学は都心回帰を始めます。つまり、都心のキャンパスを再開発し、校舎を高層化して学生の収容数を増やし、郊外のキャンパスを閉鎖する大学が現れるようになりました。中には、都心に移転するものの郊外のキャンパスは閉鎖せず、そこに新しい学部を開設する大学もあります。

 

立正大学は、法学部が熊谷キャンパスから品川キャンパスに移転したのち、2021年(令和3年)熊谷キャンパスに新たにデータサイエンス学部を開設しています。

 

曲ⅱ 一十三十一「Labyrinth~風の街で~」

 

 

さて、探険は続きます。立正大学を出た私たちは、徒歩で、文珠寺へ向かいました。日本三体文殊菩薩のひとつ。「野原の文殊様」と、受験生に親しまれています。合格祈願のための絵馬がたくさん掲げられていました。とても落ち着く空間でした。かわいらしいあじさいにも出会えましたよ。

 

文殊様から、再び森林公園駅行きのバスに乗りました。森林公園は、コロナ禍のため休園

中とのこと。私たちは、観音前バス停で下車しました。ここは、滑川町福田。あたりを少し歩くと「谷津の里」という看板に出会いました。何だろうと思い、山を登っていくと、「ふれあい農園谷津の里」がありました。

ここは、都市住民のための貸し農園なんだそうで、駐車場には熊谷以外のナンバーを掲げたクルマが多く停まっていました。農機具を貸してもらえたり、シャワールームが使えたりと便利な貸し農園でした。

 

 

谷津の里の入り口の前には、「ヒルトップファーム」というレストランがあったので、私たちは入ってみました。森に囲まれたレストランでは、鳥のさえずりを聞きながら食事ができます。私は、モッツァレラトマトスパゲティのセットを頂きました。一緒に探険した大学生と、いろいろ語り合いました。有意義な時間です。

 

そして、となりには、同じくヒルトップファームの雑貨店がありました。かわいい植物やアンティーク、衣類などもありましたか。きっと女性は大好きだろうと思います。(ボキャブラリーが少なくて説明がつきません。すみません。)

 

 

今日おかけした

・ガロ「学生街の喫茶店」

・一十三十一「Labyrinth~風の街で~」

・サーカス「風のメルヘン」

2021年5月16日(日)JR宇都宮線古河駅

しゅっぱつ!すいっと探険隊。今日は、JR宇都宮線古河駅周辺を探険します。

 

今回はすいっとのメンバー2人で探険しました。まず、熊谷からJR高崎線上り電車で大宮まで乗り、JR宇都宮線下り電車に乗り換えます。熊谷から古河までは鉄道がないので、大宮を経由するV字型の移動になります。

栗橋を過ぎ、利根川に鉄橋を渡りしばらくすると、遠くにマンションが見えてきます。そして、電車は高架橋を駆け上がり、古河駅のホームへ滑り込みます。

 

古河駅に到着した私たちは、まず古河歴史博物館を目指しました。しかし、取材をした日は休館でした。それは、茨城県が独自に古河市を「感染拡大市町村」に指定したため、ゴールデンウィークを含めた期間、古河市内の公共施設が休館になったのです。

 

博物館の近くに、気になるお店がありました。店頭には「小麦まんじゅう」の立て看板が。しかし、おまんじゅう屋さんではなく、そこはお茶屋さんでした。内田茶店(うちだちゃてん)。

私は、そのおまんじゅうを買い求めましたが、注文すると奥の調理場から温かいおまんじゅうを持ってきて下さいました。お店でおまんじゅうを蒸かしている、なんとも本格的です。

店内で食べると伝えると、ご主人がお茶を煎れて下さいました。お茶屋さんのお茶、美味しい。

そして、ご主人に疑問をぶつけてみました。「なぜお茶屋さんでおまんじゅうを売っているのですか?」するとご主人はこう言います。「おまんじゅうを食べるとき、お茶が欲しくなりませんか?」納得のお答えでした。

 

 

曲ⅰ 小沢健二「強い気持ち・強い愛」

 

古河周辺はお茶どころなんだそうで、猿島茶が生産されています。街なかにもお茶屋さんが目立ちました。

さて、古河市は茨城県の県西地域の最大都市です。人口はおよそ14万人。JR宇都宮線で東京から1時間程度。東京からの距離では、熊谷と同じくらいになります。

 

さて、内田茶店のご主人の勧めで、次に私たちは古河公方公園(こがくぼうこうえん)へ向かいました。かつて鎌倉公方が古河に移り住んだ時に御所を構えたところだそう。園内は大変広く、森や沼があります。春には花桃が咲き誇る桃林もあります。家族連れなどで賑わっていました。

 

ここでお昼時になり、飲食店を探すと、公方公園の近くに楽しそうなお店がありました。お肉とスイーツと珈琲のお店ASOVIVA(あそびば)。

赤い看板が気になるお店です。私は、ASOVIVA特製すた丼を頂きました。すたみな丼は、どんぶりにお肉が乗って、その上に生卵か温泉卵が乗っているものです。しかし、ASOVIVAさんのすた丼には、ふわふわのメレンゲが載っていて、なんともかわいらしい。そのメレンゲをかき分けると、卵の黄身が現れます。雲の切れ間からお日様が顔をのぞかせる。メルヘンチックですが、やはりそこはすた丼でしてガツンとくる美味しさでした。

店内には、AKIRA(大友克洋さんのSF漫画)のイラストパネルが壁に掲げられていました。またカウンターにはファミコンカセットが山積みになっています。プレイもできるそう。はじめはカセットは少なかったそうですが、お客さんたちが自宅にあるカセットを持ってくるようになり、ここまで増えたのだとか。

 

 

曲ⅱ さかいゆう「ストーリー」

 

ASOVIVAを出た私たちは、古河市の市内循環バス「ぐるりん号」に乗り古河駅へと戻りました。運賃は100円。小回りの効くバスで、街なかをくまなく巡っていきます。

古河駅の西口に着いたあと、街なかを歩いていると、カフェが目立つことに気がつきました。

 

その中で特に気になったのは、Cafe5040 Ocha-Nova(おちゃのば)。

古民家カフェになるのでしょうか。築年数の経過した建物を改装しているカフェ。装飾が施された店内は落ち着いた雰囲気。照明をはじめ、フォトフレーム、飾り棚など、数々のオブジェは調和のある風景を作っています。それらは主張は控えめで、自然体な印象。いつまでも過ごしていたくなります。私は、豆乳のカフェラテを頂きました。無調整の豆乳が美味しかったです。

 

 

 

古河は日光街道の宿場町でした。また古河城の城下町でもありました。

Ocha-Novaを出たあと、日光街道へ。北へ進むと、道標があります。道標には「左日光道」「右筑波山」とあります。昔から、古河はジャンクションの街でした。そういうジャンクションに街が形成されやすいものです。今でも、古河は国道4号線から国道125号線が分かれる街です。

 

私たちは、道標から筑波山方面へ進みました。すると、蔵造りの建物が集まっているエリアがありました。そのうち、改装してイタリアンレストランになっている蔵があり、素敵な佇まいでした。このように古い建物を今でも利用しているのは素晴らしいと思います。マンションのような新しい建物と、蔵のような古い建物が混在し、両方とも生かされているのは良いですね。

 

 

さて、旅の終盤、古河駅の東口へ戻ってきた私たちは、駅前のファミリーマートに立ち寄りました。そこは1階も2階もファミリーマート。1回は商品が陳列してあるいつもながらのファミリーマートですが、2階はなんと、フロア全体がイートインスペースでした。20人くらいは座れる広さだったでしょうか。学校帰りの学生さんたちなど、寄りたいでしょうね。

 

 

古河の街について、加えてお話しすると、市街地ではJR宇都宮線は高架橋を走るので、市街地には踏切がありません。これを連続立体交差と言いますが、東西の一体性が損なわれないメリットがあります。高架化されてもうすぐ40年になるそうですので、当時では先進的な取り組みだったと思います。

 

最後になりますが、すいっとプロジェクトで提案している鉄道新線「成田レインボーライン」。熊谷から円弧状のルートで成田市へ至るアイデアですが、古河市内で東北新幹線とリンクすることをも含んでいます。是非、お見知りおきを。

 

 

 

今日おかけした曲

・小沢健二「強い気持ち・強い愛」

・さかいゆう「ストーリー」

・今井美樹「瞳がほほえむから」

2021年4月18日(日)千葉県成田市

しゅっぱつ!すいっと探険隊。今日は、千葉県成田市を探険します。

皆さんにとって、成田はどんなイメージですか?

 

曲ⅰ 山下達郎「RIDE ON TIME」

 

この曲は、木村拓哉さんがパイロット役で主演したテレビドラマ「グッドラック」の主題歌でした。2003年のドラマだったのですね。ということで、成田で連想するのは、やはり成田空港。しかし、成田山新勝寺の門前町でもあります。

 

さて、今回すいっと探険隊は熊谷から上野東京ラインで東京まで乗り、総武線快速電車に乗り換えJR成田駅へ到着。駅前の観光案内所に立ち寄ったあと、バスに乗り成田市立図書館へ向かいました。その土地の情報を得るには観光案内所が適していますが、その土地の図書館で調べる方法もあります。各地の図書館には参考資料室(呼び方は様々ですが)があって、郷土資料などが揃っていて地域について調べるときにとても役立ちます。私は成田空港の歴史をざっくり調べたかったのです。図書館では司書さんに事情を話すと、何冊か資料を提示して下さり、とても親切に対応して頂きました。

 

 

成田市立図書館は、成田ニュータウンにあります。ニュータウンがあるのは、熊谷と同じくらい東京から離れている成田ですから、想像に難くありません。大都市に通勤・通学する人たちが多くいてベッドタウンになっているのでしょう。しかし、成田ニュータウンには成田ならではの特徴がありました。それは、成田ニュータウンには成田空港に関係している人たちもまた、多く住んでいるということです。それを聴いたときには、とても納得が行きました。

 

 

ニュータウンと呼ばれる場所に来ると、いつも気づくことがあります。それは、ニュータウンには商店街らしきものが見当たらないのです。成田ニュータウンは大きくていくつかの地区に分かれていますが、図書館のある地区の中心部にはボンベルタ百貨店があり複合施設もありました。複合施設にはスポーツジムや自治体の出先機関などが入居していました。

 

徐々にお店が増え、立ち並んでいき形成される商店街と異なり、ニュータウンは大げさに言えばある日突然街ができあがっていくことになります。都市計画により街の中心部が商業地域に用途指定されるとショッピングセンターがやってきます。熊谷市のお隣、深谷市に上柴ニュータウンがありますが、上柴地区にも商店街らしきものは見当たらず、街の中心部には大型商業施設があります。

 

曲ⅱ Lamp「過ぎる春の」

 

さて、路線バスでJR成田駅に戻り、西口から東口へ移動します。

ここからは成田山新勝寺を目指しました。成田山新勝寺は真言宗智山派の大本山。「成田屋」の屋号で知られる歌舞伎役者市川團十郎との縁も深いお寺です。新勝寺へ続く参道は、JR・京成の両方の成田駅からおよそ800メートル。以前訪れたときよりも人通りは少ないように感じました。参道は単調ではなく、歩くのが楽しい通りです。一度坂を下り、後半は坂を上がっていきます。カーブも多く、景色の移り変わりを楽しめます。通り沿いのお店には、うなぎ屋さんなどたくさんのお店がありました。いいにおいが漂ってきます。食べ歩きも楽しそうです。成田ゆめ牧場の売店もあります。そして、公衆トイレが短い間隔でおかれ、観光案内所の設置もあり、観光客に優しい通りでした。

 

 

成田山新勝寺の入り口では、大きな総門が出迎えてくれます。総門をくぐると石段を経て、本堂にたどり着けます。石段を登るのが難しい方には、エレベーターを選べます。本堂でお参りを済ませたあと、おみくじを引きました。新勝寺のおみくじは持ち帰るものらしく、おみくじを結びつける場所はありませんでした。願いが叶ったときにお礼参りに来ると良さそうです。

 

新勝寺の近くに素敵な純喫茶がありましたので、少し休んでいくことにしました。喫茶チルチルさん。店内はブラウンの色調で、子供の頃に憧れた喫茶店の情景そのものでした。ホットコーヒーを頂きました。まだホットコーヒーを楽しめる季節だったのです。

 

駅へ戻る道中、気になる土蔵造りのお店がありました。そこは薬局でした。一粒丸三橋薬局さん(いちりゅうがん・みつはしやっきょく)。薬局の方にお話を伺ったところ、江戸時代から一粒丸という腹ぐすりを製造販売しているとのこと。古くは、成田山詣でをしている旅人が道中の体調不良に備え一粒丸を購入していったそうです。このような歴史のあるお薬が成田にあったとは知りませんでした。いまでも途絶えることなく作られているのはうれしいですね。

 

曲ⅲ 中森明菜「北ウイング」

 

成田の市街地、京成成田駅から京成電車に乗り成田空港へ。まずは第1ターミナルビルをめざし、終点の成田空港駅で下車。第一印象は、人が少ない、でした。コロナ禍ですからね。第1ターミナルでは、屋上の展望デッキで離発着する飛行機を眺めました。飛行機が離陸する瞬間は、いつも感動します。展望デッキには、家族連れや制服姿の学生がいて、皆さんご近所の方々でしょうか、楽しんでいるようでした。

 

 

空港内には各ターミナルを時計回りに巡回する無料のバスが走っています。それに乗り、第2ターミナルと第3ターミナルも回りました。

第2ターミナルでも開いているカウンターは限られているし人は少なかったです。一方で、第3ターミナルは割と賑わいがあったように記憶しています。第3ターミナルは最も新しいターミナルでLCCの利用者のために設けられました。

 

 

成田空港は、そもそも航空需要が高まり羽田空港の他に空港が必要となり計画されました。国は、その新しい空港の建設地として、国有地が多く民有地の買収が少なくてすむ成田に決定。完成を急いだ国は土地の収用を進めますが、反発や抵抗は激しいものがありました。時には力の衝突により、負傷者が出たり死者が出たりもしたそうです。計画ははかどりませんでしたが、1978年(昭和53年)滑走路1本のみで成田空港は開港します。当時の正式名称は、新東京国際空港。その後も膠着状態は続きますが、シンポジウムや円卓会議の開催など、徐々に国と地元の対話が持たれるようになりました。

 

成田空港は、いまでも完成していません。計画では滑走路が3本になる予定です。空港整備のような大きな公共政策を打つときには、多数のために少数が我慢や犠牲を強いられることが出てきます。当然、十分な補償が必要ですが、あらかじめ事業について十分に説明を尽くし、対話を持ち、全体で合意形成を行うことが求められます。今後、成田空港問題を解決するための対話がどのように進んでいくのか、注目しています。

 

さて、すいっとプロジェクトでは、鉄道新線構想「成田レインボーライン」を提案しています。東京一極集中の是正に役立つよう環状鉄道として機能するように、また成田空港をたくさんの人たちで使えるよう空港連絡鉄道として機能するように構想しています。そして、東北・上越新幹線と交差する地点から、新幹線電車が成田空港まで乗り入れができるように線路を作ることも提案に含んでいます。東日本全体で成田空港を生かしていくアイデア、皆さんいかがでしょうか。

 

今回、成田の探険で、成田の方と名刺交換をさせて頂いたりもしました。今後、成田の皆さんと交流を進め、成田レインボーラインについて連携できればうれしい限りです。

 

帰路、京成スカイライナーに乗りました。最高速度、時速160km。速かったですね。

 

 

今日おかけした曲

・山下達郎「RIDE ON TIME」

・Lamp「過ぎる春の」

・中森明菜「北ウイング」

・アメリカ横断ウルトラクイズ オリジナルサウンドトラック「ULTRA QUIZ Main Theme」

 

2021年3月21日(日)東武スカイツリーライン堀切駅

 

しゅっぱつ!すいっと探険隊。今日は、東京都足立区の東武スカイツリーライン(伊勢崎線)堀切駅周辺を探険します。

熊谷から上野東京ラインで上野まで乗り、常磐線で北千住へ。そこから東武スカイツリーラインに乗り換え堀切駅下車。駅を出て階段を上ると、荒川の河川敷と広い空が広がっていました。

 

 

曲ⅰ 海援隊「新しい人へ」

 

そうです、堀切駅周辺は、あのテレビドラマ「3年B組金八先生」のロケ地として知られています。ドラマの中でも、この荒川の風景はしばしば映し出されました。金八先生や生徒さんたちが土手を歩く風景が思い出されます。探険の日には、野球の試合をしていたり、ジョギングやサイクリングをしている人たちをたくさん見かけました。

 

まずおかけした、海援隊「新しい人へ」は、金八先生第5シリーズ(1999年~2000年)の主題歌でした。第5シリーズは、風間俊介さん演じる兼末健次郎が中心的な生徒でした。複雑な家庭環境に翻弄され、学校では残酷に先生や生徒を追い詰めて行きます。最終的には金八先生に救われていくのですが、風間さんの演技には驚かされました。

 

跨線橋を渡り、堀切駅の西側へ移動します。そこにはドラマで桜中学として使われた足立区立第二中学校の校舎があります。統廃合によりすでに閉校となっていて、いまでは東京未来大学になっていました。

 

 

曲ⅱ 中島みゆき「世情」

 

金八先生シリーズの中で私が強く印象に残っているのは、第2シリーズの「腐ったミカン」。加藤勝役の直江喜一さん、松浦悟役の沖田浩之さん、迫田八重子役の川上麻衣子さんらが出演していた第2シリーズ。加藤勝は転校生で、前の学校では不良だったので腐ったミカンとして排除される。腐ったミカンがあると、他のミカンをも腐らせるから、と。桜中学では金八先生から人として大切にされ心を開いていく。卒業式直前、前の中学に乗り込み、自らを酷く扱った教師たちを放送室に監禁し謝罪を求めるも、警察に逮捕され、護送車で連れて行かれる。そのシーンで流れていたのが、中島みゆきの「世情」でした。

探険の時にも、東京未来大学の前で「ここから護送車が出発したのだな」とそのシーンを思い出しました。

 

東京未来大学をあとにして、探険を進めます。住宅が密集する地区を進んでいくと、柳原千草園がありました。公園というより庭園といったところで、梅が咲いていましたし水仙もきれいでした。元々は工場があったそうで、工場跡地を足立区が区民の憩いの場に整備しました。住宅密集地のオアシスでした。防災上、このような空間は有意義ですね。

 

 

 

また、このあたりでは銭湯をよく見かけました。まだ残っているのですね。それぞれの住居に必ずしもお風呂が備え付けられていなかった時代に比べ、銭湯の経営は苦しい時代ではないかと思いましたが、今では癒やしの空間、あるいはレジャー施設としての意味が大きいのかもしれません。

 

住宅密集地を抜け、大通りに出るとそこには高層マンションが建っていたりもします。マンションが上に伸びると必然的にスリムになるもので、マンションの敷地にはキッチンカーが出張していました。コロナ禍ですので、お弁当で中食(なかしょく)できるのは便利ですね。

 

さて、私のお昼は、「稲荷ずし・松むら」さんで。稲荷ずしとかんぴょうの海苔巻きを販売しています。テイクアウトのお客さんがチラホラやってきますが、店内でも食べられるということで、私は店内でお寿司を頂きました。稲荷ずしだけでも、海苔巻きだけでもお皿に盛り付けてもらえますが、私は「まじり」にして、稲荷ずしとかんぴょう巻きの両方を盛り付けて頂きました。お店の方はとても気さくに話をして下さって、桜中学の撮影では平日でも屋外でのロケは行われていたと教えてくれました。頂いた稲荷ずしの美味しさはさることながら、私は海苔巻きに包まれているかんぴょうの美味しさが印象に残っています。かんぴょう巻きのかんぴょうは甘く煮付けてあって、食べると口の中に甘さが広がっていくものですが。松むらさんのかんぴょうは、だらだら甘さが広がりません。けじめのある甘さでとても美味しかったのです。

 

 

 

曲ⅲ 城之内ミサ「気まぐれ白書」

 

こちらの曲は、TBSテレビのドラマ「スタンドバイミー気まぐれ白書」(1987年)のテーマソングでした。小川範子さん演じる中学生の上田伸江が主人公。伸江は両親の不仲により、国内ホームステイができる「チャイルドハウス」にやってきます。そこでは志穂美悦子さん演じる倉田利子や、伊東四朗演じる音次などとぶつかり合いながらすさんだ心を開いていきます。小川範子さんは私と同性代の女優さんですが、志穂美悦子さんとの乱闘シーンは秀逸ですごい女優さんだなと思ったものです。シンガーソングライターとしてそのドラマの主題歌を歌っていた城之内ミサさんは、その後「3年B組金八先生」の劇伴を担当することになります。

 

金八先生でおなじみの、あの荒川の風景。実はあの荒川は人工放水路だったりします。もともと荒川は隅田川の経路で東京湾に注いでいましたが、昭和5年(1930年)に洪水対策として赤羽付近から新たに掘削された荒川放水路が完成しています。

そして、その対岸に見える高速道路は首都高速道路中央環状線です。東京ディズニーリゾートにクルマで向かうときに使ったことがある方がいると思います。その首都高中央環状線は単独で計画されたものではありません。首都圏の高速道路の「3環状9放射」として昭和38年(1963年)に計画された道路ネットワークのひとつです。

 

 

 

住宅密集地を巡りながら、商店街が現れるなど徐々に賑やかになっていく通りを抜けると、今回の探険のゴールである北千住駅に到着します。

つくばエクスプレスが乗り入れて、大学もいくつかやってきて、伸び盛りの北千住です。

駅近の喫茶店で、温かいコーヒーを頂きながら心地よい達成感に包まれました。

 

 

今日おかけした曲

・海援隊「新しい人へ」

・中島みゆき「世情」

・城之内ミサ「気まぐれ白書」

・海援隊「贈る言葉」

 

(樽見 潔)

 

2021年2月21日(日)熊谷スポーツ文化公園

今回のしゅっぱつ!すいっと探険隊は、熊谷スポーツ文化公園を探険しました。すいっとのメンバーと3人で巡りました。

 

 

 

私たちは熊谷駅に集合して、路線バスを使わずに歩き始めました。熊谷駅北口から駅前通を抜け、ラグビーロードを歩いて行きます。もともとは、さいたま博通りという名前でした。途中、県立図書館、ハローワークなど公共性の高い施設のあるエリアがありますが、その一角に建築計画があることを示す看板が立っていました。「ああ、ここか」とあることを思い出します。

 

昨年に新聞記事になりましたが、熊谷児童相談所の移転新築のニュースがありました。現在の熊谷児童相談所が老朽化したため、隣の敷地に新築するというニュースです。そして、新しい児童相談所には一時保護所が併設されることになるとも伝えられました。一時保護所とは、虐待のある家庭から保護した子供の、当面の生活の場となる施設です。県北部と秩父地域を管轄する熊谷児童相談所には、これまで一時保護所がありませんでした。家庭からの保護があった場合には、他地域のたとえば上尾市にある中央児童相談所の一時保護施設などを利用していたそうです。しかし、近年、虐待案件が増加していることから、熊谷児童相談所の新築を機に一時保護所の一体整備が計画されることになったそうです。

 

虐待の通報は、3桁の電話番号189番があるそうで虐待を受けている子供を救うために役立てられて欲しいと思います。また、子供に手を上げてしまうことを悩む親御さんのための相談機関でもありますので、児童相談所を役立てて欲しいと思います。

 

さて、ラグビーロードを歩いていると、お菓子屋さんが目に付きます。和菓子店をはじめ洋菓子店、なかにはお団子屋さんなど。食べ歩きには楽しい通りかもしれません。熊谷バイパスを横断した先にも洋菓子店がありました。

 

 

手作りチーズケーキのお店COTS。開店してから今年で22年になるそうです。コロナ禍の折り、今はテイクアウト販売のみの営業。チーズケーキは種類が豊富で冷凍販売されています。おうちに着く頃に食べ頃になっているそうです。私も一つ購入しました。 

 

熊谷駅から歩くこと4㎞弱で、熊谷スポーツ文化公園に到着。

熊谷スポーツ公園は、当初、北武蔵公園として都市計画決定されました。開園前には1988年(昭和63年)さいたま博覧会が開かれました。リニアモーターカーや数々のパビリオンが開設され楽しむことができました。私は6回も行きましたよ。そして、そのさいたま博覧会にあわせて秩父鉄道ではSLが走り始めました。

1991年(平成3年)にラグビー場を中心に、ソフトボール場、散策路が開設。また、2003年(平成15年)には、翌年2004年に開催される第59回国民体育大会のメイン会場となる陸上競技場や彩の国くまがやドームが開設されました。

公園の計画面積は99.7㏊で、東京ドーム約21個分になります。いまいちピンと来ませんが。

 

公園には、ジョギングや散歩をする方々、オカリナの練習をする人もいて、皆さん思い思いに過ごしていました。私たちもベンチに座り、先ほど購入したチーズケーキを頂きました。ほどよく柔らかくなっていて、美味しく頂けました。私が頂いたのはメイプル味。ほんのり甘いチーズケーキでした。

 

さて、公園内を見渡すと、建設中の建物がありました。こちらは埼玉県ラグビーフットボール協会が設置する新施設で、管理棟・屋内運動場・宿泊棟の3棟できるそうです。また、熊谷に本拠地を移転するパナソニックワイルドナイツのクラブハウスとしても利用されるとのこと。2021年8月頃の完成を予定しています。

 

 

そして、ラグビー場のAグラウンド。キャップ・ラガーズクラブハウス熊谷がありました。ラグビーショップとしてグッズの購入ができるほか、カフェアンドパブとして、Aグラウンドを眺めながら食事ができます。私たちもグラウンドを間近に感じられる席で食事をしましたが、ここから試合観戦ができたらどんなに興奮するだろうと思いました。

 

ラグビーと言えば、2019年にはこのAグラウンドがラグビーワールドカップの会場の一つとなりました。関係者はもとより、大勢のボランティアの力添えがあり、ワールドカップは大成功に終わりましたが、私も当時熊谷ラグビー合唱団の一員として、試合会場やファンゾーンで、各国の国歌を歌わせて頂きました。そのような形で大会に関わることができ、大変得がたい経験でした。

 

当時、ラグビー場にはたくさんの観客が集まったわけですが、大会ではその観客輸送も注目されました。熊谷駅から4キロ弱離れているため、大がかりなバスのピストン輸送が行われました。そのうち、2019年10月9日の試合終了後には、熊谷スポーツ文化公園から熊谷駅までバスが187便走り、8994人を運んでいます。運び終わるまでにかかった時間は3時間。他にも、籠原駅など他の駅や、行政センターなど市内のパークアンドライド対応の駐車場までもバスは走りましたが。それらバスを利用しない方々は、ラグビーロードを駅まで歩いていました。

 

熊谷スポーツ文化公園のラグビー場Aグラウンドの観客席数は24000席、陸上競技場は15400席。公園には、ほかにも彩の国くまがやドームやソフトボール場など施設があります。そして、公園の駐車場は、常設が1400台分、臨時が1400台分の合わせて2800台分です。今後も、公園アクセスは課題として残っていくでしょう。

 

その公園アクセスをどのように解決していくのか。たとえば観戦チケットをバス送迎付きにするなど、あらかじめ輸送量が確定できるようにして輸送計画を立てると、少しは解決に近づくのかもしれないと思います。しかし、なかなか有効な方法が浮かびません。何より、おのおの観戦に来場して下さい、という方法が交通渋滞やバスに乗りきれないなど最も現場の混乱を招くように思います。

 

すいっとプロジェクトでは抜本的な解決として、公園アクセス鉄道の建設を提案しています。熊谷駅から東武熊谷線の廃線敷を活用して、公園まで鉄道を敷くのです。鉄道は、大量輸送機関と呼ばれることがあります。たとえば10両編成の通勤電車は一度におよそ1500人の人を運ぶことができます。アクセス鉄道を整備することで、熊谷スポーツ文化公園のポテンシャルを最大限に引き出すことができるのではないでしょうか。

 

 

さて、探険の終盤、陸上競技場の南側すぐにある、珈琲工房香澄さんに立ち寄りました。普段の公園の様子を見続けてきたマスターにお話を伺いました。

朝晩は、一生懸命ジョギングしたり歩かれる方が多く見られますが、日中はゆっくり散策したり、わんちゃんを連れた方も多くいると言うことでした。中には遠方から来られる方もいるそうで、公園の来場者のかたがお店に立ち寄ることも良くあるそうです。

そのお話を聞いて、私ははっとさせられました。そうだ、ここは公園なのだと。これまでラグビーの試合や各種の大会が開かれるなど、イベント会場として強く認識していることに気がつきました。ベンチに座って、風を感じ時間を忘れてもいいじゃないか、芝生に寝転んで流れていく雲を見上げていてもいいじゃないか、そんなことを思いました。

 

熊谷スポーツ文化公園は気軽に訪れることができる場所であることを、最後に認識した探険でした。

 

今日おかけした曲

・DIMENSION「ROUND TRIP」

・Tommy Snyder「SUPERHERO」

・Salyu「プラットホーム」

 

(樽見 潔)

2021年1月17日(日)熊谷スポーツ文化公園・熊谷市中条地区・葛和田地区

しゅっぱつ!すいっと探険隊。今回は、熊谷スポーツ文化公園・熊谷市中条地区・葛和田地区を巡ります。年末の休暇を利用しての探険だったため、どこもお店があいておらず苦戦しました。樽見が巡ります。

 

さて、私は熊谷駅北口から、朝日バス西小泉駅行きに乗り込みました。一昨年のラグビーワールドカップの時、大幡バス停からラグビー場まで歩けるぞ、という話を聴いていたので試したくなったのです。

 

その大幡バス停とは、熊谷駅から妻沼や太田駅へ向かうバスが停まります。県道太田熊谷線で国道17号熊谷バイパスをこえてしばらく北上して、セブンイレブン熊谷柿沼店の前にあります。そういえば県道太田熊谷線のことは妻沼街道と呼ぶ人もいますね。

 

こちらの大幡バス停から、熊谷スポーツ文化公園ラグビー場までは約1.8km、歩くと20~25分の距離でしょうか。田んぼの中を抜け、集落を抜け、歩きやすいコースでした。途中、小曽根神社で休憩をしました。神社には昔ながらの手こぎ式の井戸があり、懐かしかったです。また、ルートには野菜の無人販売所があり、クルマで乗り付けて買い物をしている方がいて、かなり気になる販売所でした。

 

さて、熊谷スポーツ文化公園に到着しました。年末だから何もイベントは行われていないだろうと思っていたのですが、ちょうど「ベジタブルマラソン」という大会が行われていて、一生懸命なランナーの皆さんがたくさんいました。熊谷スポーツ文化公園については、また機会を改めて探険したいと思います。

 

次に、熊谷スポーツ文化公園から熊谷市中条地区へ向かいました。赤城神社バス停から、国際十王バス葛和田(くずわだ)行きに乗り、中条学校バス停で下車。しばらく散策すると、熊谷厄除け大師常光院がありました。

 

常光院は天台宗別格本山。参道には提灯が取り付けられるなど、お寺の方が新年を迎える準備をされていました。敷地は大変緑が多く、落ち着く空間でした。そして、100円でおみくじを引かせて頂きました

おみくじには金色の小さい亀さんが付いていて、いまでもお財布に入れています。大吉のうえにうれしいおみくじでした。

 

さらに散策を進めると、上中条簡易郵便局がありました。昔の農家住宅というか、古民家のレトロな郵便局。インターネットで調べてみると、簡易郵便局とは郵政の職員さんではなく、地域の方々に業務を委託している郵便局なんだそうです。私が知る限りでは、農協や大学が委託を受けている簡易郵便局に行ったことがあります。このような仕組みをも用いることで、全国あまねく郵政のサービスは行き届いている模様。

 

再度、国際十王バス葛和田行きに乗り込み、終点の葛和田バス停へ。バスは終点に近づくと利根川の土手に這い上がり、やがて河川敷へ降りてゆきます。そこが終点葛和田バス停。砂埃が舞い、冷たい風が吹き荒ぶ過酷な状況でした。

 

しかし、バス停の前には、渡船場があります。対岸の群馬県千代田町赤岩と結ぶ渡し船「赤岩渡船」です。赤岩渡船には時刻表がありません。千代田町側にある渡船事務所に通知すると、その都度渡し船は迎えに来てくれます。その通知の仕方がユニーク。なんと黄色い旗をポールに掲げるというもの。対岸の係員さんが葛和田側の旗が上がっているかを見ていてくれているそうです。

 

私も、さて旗を揚げようかとすると、なんとその日は年末のため、午後2時で運行終了との張り紙が。これは残念。赤岩渡船の話をラジオでいっぱい話したかったのですが。さらに残念だったのは、同じく葛和田地区にある荻野吟子記念館も年末のため休館。荻野吟子とは、日本初の女医さんです。

 

探険の終盤、熊谷駅へ戻る方法として、熊谷市の市内循環バス「ゆうゆうバス」に乗ることにしました。私は、妻沼行政センターから熊谷駅南口へ向かうグライダー号に乗りました。乗車停留所は葛和田老人憩いの家。運賃は100円。バスは、集落を隈無く巡回していき、クネクネとよく右左折します。乗っているのは私を含め3人。中には、大きなスーツケースを抱えた男性もいました。

 

民間の路線バスが、国道や県道を直線的に走るのとは対照的でした。バスに乗っている間、私はこのゆうゆうバスが、どのようなお客さんをターゲットにして運行しているのか気になっていました。

 

たとえば、地方のローカル鉄道で、朝夕は本数がいくらかあるのに、日中は2~3時間列車が来ないとすると、通勤通学客に重きを置いているのが想像できます。ゆうゆうバスの中でも、大里地区を走るひまわり号は比較的本数が多く、日中は毎時1本程度、朝夕はそれより間隔は小さくなります。他のゆうゆうバスはおおむね1日に5~8往復の運行にとどまります。これは、昭和58年(1983年)に廃止された東武熊谷線よりも少ない本数です。

 

本数が少ないと、先ほどの大きなスーツケースを携えた男性のように(出張に出かけるのでしょうか?)、片道利用での価値はあるのですが、なかなか往復では利用してもらえないのではないでしょうか。出かける時刻にバスがあっても、帰る頃にちょうど良いバスがないのでは、バスの利用をためらいます。往復利用をしやすくなるくらいに運行本数を増やすことは必要だと思います。

 

さて、行政が計画した循環バスですので、民業圧迫とならないように民間の路線バスには配慮があるのではないかと推察しています。しかし、私は、自治体の循環バスと民間の路線バスは、競争関係ではなく、お互いに補い合える関係を作れるのではないかと考えています。直線的に幹線輸送を行う民間と、集落を隈無く巡回する自治体。互いのバスを乗り換えできるように、共通のバス停を増やしていけば大変便利な公共交通のネットワークに仕上がるのではないでしょうか。

 

また、これは路線バス全体を考えた場合ですが、バス停の地上設備に工夫をすると、よりバス利用者が増えるように思います。たとえば、バス停に駐輪場を設ければ、バス停から離れたところに住む人もアクセスしやすくなります。

 

他にも、IC乗車券の導入や、乗り換え割引、MaaS(マース)の導入など、バスを利用しやすい環境を作ることで、自治体の循環バスをはじめとして路線バスは私たちの生活をますます便利にできると思いました。

 

 

本日おかけした曲

・B'z「love me,I love you」

・かの香織「午前2時のエンジェル」

・ヤン・スギョン「涙の虹を渡れば」

2020年12月20日(日)東武東上線北坂戸・坂戸駅

しゅっぱつ!すいっと探険隊。今回は、東武東上線北坂戸駅を目指します。熊谷駅から国際十王バスに乗り東松山駅へ行き、東武東上線に乗り換えました。北坂戸駅からは同じく東武東上線の駅である坂戸駅まで歩きます。すいっとの男性メンバーと2人で探険しました。

 

熊谷駅北口ロータリーを出発した国際十王バス東松山駅行きは、東松山駅までおよそ45分で走破、580円の運賃でした。そして東武東上線東松山駅から北坂戸駅まではおよそ7分、運賃は200円。

 

 


北坂戸駅の西口を出ると、10階建てくらいの集合住宅が建ち並んでいます。そこは北坂戸団地。北坂戸駅から池袋までは電車で45~50分くらいなんだとか。駅の近くに自治会の「ふれあいサロン」や「にぎわいサロン」があり、鳩山町の東京電機大学が運営しているパソコン教室など、いろいろな教室が開講されている模様。このように大きな団地だと、いろいろなことが気になります。コミュニティの形成とか維持はどうしているの?、ご近所づきあいは希薄なの?、住んでいる方々の年齢構成は?、高齢化は進んでいる?民生委員さんは大変では?などなど。ちなみにいまの管理戸数は約3000だそう。

 

どこの団地のことなのかは忘れましたが、部屋の間取りは小さいお子さんのいる若い夫婦が暮らすものとして設計されたと聞いたことがあります。北坂戸団地にそれが当てはまるのかはわかりませんが。そしてその家族は、いずれ一戸建てを手に入れ団地を巣立っていくという前提で。時代を感じますね。日本経済に勢いのあった時代には、そのような生涯設計ができたのでしょう。団地には夢があったのだと想像しました。

 

団地をあとにした私たちは、坂戸市の中心市街地を目指して歩き始めました。途中、ドライブスルーのクリーニング店がありました。クルマを降りずに洗濯物の受け渡しができるようで興味深かった。そして気のせいでしょうか、坂戸には美容院が多いように感じました。

 

やがて、道沿いに坂戸市立中央図書館がありました。北坂戸団地についてほとんど知識がなかったので図書館で調べることにしました。司書の方に「北坂戸団地について調べています」と告げると、館内を探し回っていくつか資料を紹介してくれました。

 

北坂戸団地は日本住宅公団、いまのUR、独立行政法人都市再生機構が造ったそう。「URであ~る」のコマーシャルでおなじみですね。規模は120ヘクタール、当初の計画人口は2万人でした。

 

その昔、調べ物をするときには図書館に来たものでしたが、いまはインターネットがありネットでの検索が便利な時代。司書の方に、図書館に調べ物に来る人は減ったか聞いてみました。すると、「確かに減っているかもしれません。しかし、ネットで検索することと書物をあたることはちょっと違うのですよ」との返事が。なるほど。

 

図書館の近くに気になるカフェがありました。ガラス張りで、店内にはかわいい雑貨が並んでいます。そこは、カフェ チョコッティさん。私はバナナケーキ、一緒に行ったメンバーはカフェラテを注文しました。しばらくすると、カフェラテが運ばれてきました。カップにはかわいい猫ちゃんが載っています。こちらのカフェは3Dラテアートが有名なんだそうです。よく見かけるラテアートは描かれているハートや葉っぱが平面ですが、この猫ちゃんはもこもこの立体です。あまりにかわいすぎて、彼は崩すのにためらいがあったようですよ。私のほうのバナナケーキは、しっとりしていてバナナを強く感じとても美味しいケーキでした。

 

 

 

さて、お昼ご飯は、坂戸駅近くの、パーラー花きゃべつ。店内には地元の少年野球チームのポスターが貼られているなど、皆さんに愛されているご様子。私は花きゃべつスパゲティを注文しました。ナポリタンとサラダなどのプレートでしたが、その量にびっくりしました。まるで大盛りのようで食べきれるのか心配でした。でも、とても優しい味がするのです。おかげでペロッと平らげることができました。

 

坂戸は宿場町です。江戸時代から、八王子と日光を結ぶ街道筋です。その街道の呼び方はいろいろあるようで、日光街道、八王子街道、そして千人同心街道と呼ぶ場合もあるとのこと。こちらの街道は、八王子、坂戸の先は、東松山、吹上、行田、館林、佐野と続きます。

 

そして、坂戸駅からは、東武越生線が分岐しています。毛呂山や越生に向かいます。東武東上線と越生線のジャンクションである坂戸駅。住むには便利な街かもしれません。

 

 

今回おかけした曲

・キリンジ「エイリアンズ」

・大貫妙子「都会」

・ピチカート・ファイヴ「東京は夜の七時」

 

(樽見 潔)

 

2020年11月15日(日)東武東上線東松山駅

しゅっぱつ!すいっと探険隊。今回は、国際十王バスに乗って、東武東上線東松山駅を目指します。すいっとの男性メンバーと2人で探険しました。

 

熊谷駅北口ロータリーを出発した国際十王バス東松山駅行き。東松山駅まではおよそ45分、580円だそう。

 

私たちは、東平バス停で途中下車。そこは東松山市内です。あたりには梨園が目立ちます。そう、東松山市東平地区は梨の産地なのです。シーズンには梨狩りをさせてくれる農園さんもあるそうでした。

 

そして、東平地区を歩いて行くと、小高い山の上に熊野神社がありました。神社には、先の大戦で地区から出征された方々の名前が刻まれた従軍碑や、子供広場がありました。子供広場には遊具の他、立派なコンクリートステージがありました。しかも鉄骨の屋根付きです。神社だから有名な御神楽でもあるのかしらとも思いましたが、調べがつきませんでした。きっと、お祭りなどで大活躍しそうなステージでしたよ。

 

さらに歩いて行くと、広々とした新興住宅地に出ました。そこは東松山市の沢口町のあたりでハイタウンと呼ばれているようでした。とてもベッドタウンを感じさせる光景。東武東上線東松山駅までは路線バスで行けますし、東松山駅から池袋駅までは660円で、50分程度で行くことができます。高度成長期、ここでマイホームを実現させたサラリーマンがたくさんいたのだろうと想像しました。

 

さて、私たちは加美町バス停から、再び国際十王バス東松山駅へ乗り込む。東松山駅東口でバスを降り、駅を通り抜けて箭弓稲荷神社へ向かいましたが、神社の前に少し休もうと、和風喫茶ぼたん苑さんへ立ち寄りました。

 

ぼたん苑さんでお店の方と話をしていると、行田足袋の話になり、足袋は海外へも出荷されているとのことで、新鮮な驚きでした。情報はひょんなところから入るものです。

 

箭弓稲荷神社は、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全の守り神ですが、やきゅう稲荷神社の読みから、野球に打ち込んでいる方々の信仰が厚いそうです。ベースボール型の絵馬をはじめ、なんとバッド型の絵馬もありました。ユニークですよね。

 

一度駅に戻る途中で、気になる喫茶店がありました。その名はHeaven‘s Door。私たちは窓際のカウンター席に座りました。席はなんとブランコになっています。私がブルーキュラソーのクリームソーダを注文すると、理科室でおなじみのビーカーに青い液体が入って運ばれてきました。それをブランコに揺られながら頂きます。店内は遊び心いっぱいの仕掛けがたくさんありました。今回は喫茶メニューでしたが、次は夕ご飯を食べに来たいと思いました。

 

駅の東口に来た私たちは、駅前から北に延びるぼたん通りを歩きました。飲食店や洋品店などが立ち並ぶ商店街。その先、市役所へ向かう途中には、まるひろ百貨店があります。東松山の百貨店と言えばまるひろ百貨店です。

 

その、ぼたん通りを進むと、東松山まちカフェがありました。そこは、日替わり、曜日替わりでお店が変わるカフェ。ある時はおそば屋さん、またある時はパン屋さんというように。そして、この日はパンケーキ喫茶六春(ろくはる)さんの日でした。注文してから待ち遠しい気持ちで迎えたパンケーキ。食べ始めると、ふわっふわの食感に頬も緩んでしまいました。

 

ここまでで、かなりお腹は満たされていましたが、やはり東松山。やきとりを食べずに帰れません。やきとりを食べられるお店を探して、やきとり三金(さんきん)さんに入りました。東松山のやきとりは、やきとりとは呼んでも実は豚肉です。入店して「やきとりを食べたい」と話すと「かしらを注文して下さい」とのこと。味噌だれをつけて頂きます。とても美味しく、満足しました。

 

東松山は近いです。もし電車があれば、熊谷から15分から20分程度で結ばれるのでしょうが。そんな未来を想像するのも楽しいです。皆さんも東松山を楽しんでみて下さい。

 

 

今回おかけした曲

・竹内まりや「駅」

・飯島真理「夢色のスプーン」

・ウワノソラ「おやすみハニー」

 

 

(樽見 潔)

2020年10月18日(日)秩父鉄道石原駅

今回は、秩父鉄道石原駅周辺を探険します。今回はすいっとの男性メンバーと2人です。

熊谷駅から秩父鉄道に乗ってふた駅。石原駅から歩き始めました。駅前をしばらく歩くと、通りを横切る緑道があります。私たちは上熊谷駅へ戻るように緑道を進みました。ここは、昭和58年(1983年)に廃止された東武熊谷線(通称・妻沼線)の跡地で「かめの道」と言います。この道は緑豊かで歩くのが気持ち良く。また、妻沼線の車両を模したコンクリートの建物があります。

かめの道の終点近くに素敵なカフェがあります。「アキモトコーヒーロースターズ熊谷」さん。

私は、温かいカフェラテを頂きました。牛乳を豆乳に代えてもらって。ゆったりした店内で、ほっこりと日曜日の午前をすごしました。

素敵カフェを出てから、私たちは国道17号線を横切り、中山道へ。一番街から慈恵病院のあたりです。中山道と言えば、江戸の五街道。それらをはじめ、昔の街道筋が今でも幹線道路として残っているところが多いですが、必ずしも昔の道筋の通りとは限りません。自動車社会に十分な幅がとれないところは、別に国道が敷かれたところもあります。

中山道を深谷方面へ向かい、国道17号線と合流してしばらく歩くと、トレーディングカードショップ「ワールド熊谷石原店」さんがあります。店内ではカードの販売だけでなく、テーブルが置かれ対戦もできるようでした。また公認大会も開かれているそう。公認大会を勝ち進むと、さてどこへたどり着けるのでしょうか。気になります。

そして、近くには「たこやきやさん」がありました。看板には「自分で焼くお店」とあります。とても気になるではありませんか。お好み焼きやもんじゃ焼きのようにお客さんが焼くのです。しかし、お休みだったのかお店は閉まっていました。とても残念。

さらに、国道17号線を深谷方面へ進むと、石原1丁目歩道橋があります。こちらの交差点はとても興味深い交差点です。さきほどの「かめの道」もこの交差点を横切っています。それは、東武熊谷線がかつてこの交差点を高架で立体交差をしていたからです。

歩道橋の下には、赤い丸型ポストがありました。今どきは角張った郵便ポストがほとんどですので大変珍しいと言えます。ずっと昔からここで手紙を受けつけていたのでしょう。

また、交差点のそばには、道標(道しるべ)があります。昔から、この交差点が中山道から秩父への道との分岐点になっていました。そのうちの一つにはちちぶまで11里とあります。(約44キロメートル)

さて、私たちはかつての秩父往還を進んでいきます。

道沿いには材木屋さんやお屋敷のようなおうちがあったりと、昔からの道であることを感じられます。道幅が十分ではないので、国道140号線はこことは別に造られたのでしょう。

途中、和菓子の「青柳」さんへ立ち寄りました。私は炭酸まんじゅうを頂きました。店先でおまんじゅうを頬張り、楽しいひとときでした。こういうのも街歩きの醍醐味です。

そして、喫茶店がありました。「FISHING&COFFEE サクマ」さん。私たちはカウンターに座り、お店の方といろいろお話をさせて頂きました。こちらのお店は、釣り人たちが集まる喫茶店。店内には魚拓が飾られていました。こちらで知り合った者同士、一緒に釣りに繰り出すことがあるそうですし、かつてはお店がバスをチャーターして、長野や山形へお客さんたちと釣りを楽しんでいたこともあるそうです。今でこそ釣り人口は減少傾向ですが、昔は地域で荒川に魚を放流して、子供たちが釣りを楽しんだりと、釣りが盛んだったそうです。

そんなサクマさん。ホットコーヒーを淹れて頂きました。しかも、私たちが見ている前で、なんとサイフォンで淹れてくれました。セットした水が沸騰すると、上のガラス容器にお湯が上がっていき、ひいたコーヒー豆と混ざり合い、コーヒーとなって再び下のガラス容器に戻ってきます。この仕組みは見ていて飽きないものです。ドリップ式がありふれた昨今ですが、とても楽しい経験でした。

お店の方とは、地域の交通についてもお話ししました。昔は、お店の前の通りに路線バスが走っていたが、今はない。この先、運転免許の返納をしたら、出かける自由がへってしまう、と話されていました。

路線バスやゆうゆうバスなど、路線や本数の充実が求められますが、他の視点としてバスを利用しやすくする工夫が必要だと思います。

バスに乗る場合、バス停まで歩くイメージが強いですが、自転車やクルマから路線バスに乗り換えても良いはずです。そのために、バス停にターミナル機能を加えると良いと思います。たとえば、バス停に駐輪場を設けたり、コインパーキングを設けたり。あるいは、タクシーの待合所を併設する方法も考えられます。このように、バス停が地区の小規模な交通ターミナルとして機能することを、私たちは望んでいます。

実は、妻沼地区では旧妻沼町が上根バス停などに駐輪場を設置しています。やろうと思えばできることではないでしょうか。

旅の終盤、赤城久伊豆神社に立ち寄り、私たちは石原駅に戻ってきました。

 

今回おかけした曲

熊谷幸子「おはようファニーガール」

m-flo「Hands」

ピカソ「ビギン・ザ・ナイト」

 

(樽見 潔)

2020年9月20日(日)秩父鉄道ふかや花園駅と関越自動車道花園IC

今回の番組では、秩父鉄道ふかや花園駅で下車して、関越自動車道花園インターチェンジ周辺あたりまで探険します。

熊谷駅から秩父鉄道に乗りおよそ20分。ふかや花園駅はとても新しい駅でした。平成30年(2018年)10月20日に開業した綺麗な駅です。

この駅は、深谷市が進める花園IC拠点整備プロジェクトの一環で設けられました。駅前には、アウトレットモールが計画されています。三菱地所・サイモン株式会社によるアウトレットモールで日本最大クラスになるという計画。他に、キューピー株式会社による深谷テラス Farm (仮称)が計画されています。

さて、ふかや花園駅から花園インターチェンジまで歩きます。あたりは畑が広がっています。15分近く歩くと関越自動車道花園インターチェンジに着きました。

関越自動車道が東松山ICまで開通したのが1975年8月8日 、そして前橋ICまで開通したのが1980年7月17日。そして全通したのが1985年10月2日。花園 ICが開業したのは東松山・前橋間が開通したときのことでした。
ちなみに熊谷の皆さんにおなじみの熊谷東松山有料道路が開通したのは1974 年 11 月 30 日のこと。関越道が東松山ICまで開通していた頃はこちらのルートで国道17号線へクルマを誘導していたのでしょう。なお、熊谷東松山有料道路は、2004年11月30日に無料化されています。

花園IC周辺を探険すると、国道140号バイパスの寄居方面、花園橋交差点周辺にはインターチェンジの利用客向けでしょうか、飲食店が多く見られました。私は、食事を取るためにお店を探しましたが、国道140号バイパスから少し離れたところに、定食屋さんがあることがわかりました。

お店の名前は、「定食屋万らい」さん。看板にはもつ煮の写真がありましたが、私は、マグロ・スズキ・カツオの三種盛り定食を頂きました。とても新鮮なお刺身で美味しかったですね。

ここからは、高速バスのお話に。

皆さんは高速バスに乗ったことがありますか?高速道路を走る路線バスが、たとえば東京と地方都市を結んでいたりします。渋滞情報などで耳にする、綾瀬バス停、伊勢原バス停などは高速道路に設けられた停留所なのです。

花園インターチェンジ付近には、 1 日あたり100 往復以上走っていて、東京と高崎・前橋・草津温泉・軽井沢・佐
久・小諸・上田・長野・富山・金沢・新潟などを結んでいます。地元の方は、高速バスが通過していることはあまり知られていないかもしれません。

実は、関越自動車道には、開通当初からところどころに停留所施設が設けられています。しかし、それらの施設は使われていませんでした。そして、花園インターチェンジにも使われていない停留所施設があるのです。すいっとプロジェクトでは、花園インターチェンジに高速バスの停留所を誘致したいと思っています。いまは使われていない停留所施設に高速バスが停まるようになれば、花園から各地方都市へ高速バスで行けるようになるのです。さらには、秩父鉄道を利用してふかや花園駅へ向かえば、徒歩で高速バスへ乗り換えることもできるのです。

その花園インターチェンジの停留所施設は、現在草ボウボウとなっています。

 

 

埼玉県内を見渡すと、関越自動車道にはすでに使われているバス停留所があります。川越市内の川越的場バス停です。こちらには主に西武バスの高速路線バスが停車しているとのこと。川越的場バスストップは2005年に供用を開始しています。

もし花園ICに高速バス停ができるなら、近くに大きな駐車道ができクルマを駐めて高速バスに乗れるようになるのもいいなと思います。

花園ICバス停は、地域活性化のためになると思いますが、いかがでしょうか。

 

今回おかけした曲

平松愛理「素敵なルネッサンス」

さねよしいさこ「マルコじいさん」

岡村孝子「電車」

 

(樽見 潔)

2020年8月23日(日)秩父鉄道武川駅と三ヶ尻線

今回はまず、マイカーで秩父鉄道武川駅周辺を探険します。マイカーで武川へ向かった理由はのちほど。

 

マイカーで国道140号線を走り、武川へ。武川は、深谷市の旧川本町内。地名の川本は、武川の「川」、本畠の「本」から来ているのだとか。秩父往還沿いに街が広がる。割烹料理屋、ラーメン店、中華料理店など飲食店が目立つ。南には荒川が流れている。明らかに1段も2段も下を流れている。武川駅の北側には綺麗な住宅地が広がっている。住宅地を巡るのはなんとなく不審だったかもしれない。

都市計画図を見ると、武川駅周辺はおよそ1キロメートル四方の 範囲が市街化区域 。その外側は市街化調整区域。駅 の北側にある綺麗な住宅街は区画整理もされているようだ。
都市計画図は、自治体のホームページで見ることができる。熊谷市・行田市も同様にホームページで見られる。

さて、秩父鉄道三ヶ尻線をご存じですか?

武川駅から熊谷市三尻地区を抜け、籠原駅の近くを通り、熊谷貨物ターミナルまでつながっている貨物専用路線 。1979年に開業している。

武川駅から線路がそれていく。三ヶ尻のセメント工場へ向かう。それが三ヶ尻線。

三ヶ尻線には乗れない。電車が走ってなければ、駅もプラットフォームもない。貨物列車しか走っていない。

乗り換え検索をしても出てこない。路線図にも出てこない。場合によっては地図にも載ってない。

沿線の観音山にある龍泉寺。埼玉厄除け開運大師として知られる。籠原駅から歩く方もいる模様。

三ヶ尻線は、どこを通っているのか。

国道 140号バイパスでは、山田うどん・龍泉寺の先、川本カインズの手前を、アンダーパスでくぐる。
航空自衛隊熊谷基地前、熊谷工業団地を通る県道深谷東松山線、三尻中学校の前にくぐる鉄橋 。制限高あり。
さくらめいとの前の県道踏切。
熊谷西高校の前、さくら運動公園通りの踏切。
高崎線下り、籠原駅手前で左にそれていく線路。

そんなミステリアスな存在の三ヶ尻線。たまに東武鉄道や東京メトロへの納車のため電車の新車が通ることも。

でも、セメント工場最寄りの三ヶ尻駅から熊谷貨物ターミナルまでは、9月で運行終了、廃止へ。

 

すいっとプロジェクトでは、三ヶ尻線に電車を走らせて武川駅と籠原駅の間でお客さんを運んで欲しいと切に願っています。

 

今回流した音楽

・矢野顕子「 CHILDREN IN THE SUMMER 」

・真心ブラザーズ「サマーヌード」

・冨田ラボ「ずっと読みかけの夏 feat.CHEMISTRY 」

 

(樽見 潔)

2020年7月29日(水)朝日バスで妻沼・太田をめざす

しゅっぱつ!すいっと探険隊の初回。初回は、朝日バスで妻沼・太田を目指しました。

 

熊谷駅から朝日バス妻沼聖天前行きに乗り、まずは大幡バス停で下車。実はここから熊谷スポーツ文化公園まで歩ける。徒歩で20分ちょっとだそう。バス停の前にはセブンイレブン柿沼店があるので、スポーツ観戦前の買い物に便利。詳しくは、こちらのホームページを参考にしてみて下さい。

大幡バス停から熊谷ラグビー場に行ってみよう https://sukumamu.com/oohata_bus.html

 

再び、朝日バスに乗り、続いて葉草バス停で下車。SPACE1497 で食事を取りました。

こちらは、ジャズライブハウスであるカフェ。コンビーフとキャベツのパスタを頂きました。コンビーフは自家製だそうで、優しい味がしました。新型コロナウィルスの影響で、しばらくジャズライブは控えていたそうですが、 7 月より徐々に再開しているそうです。しかし、席数を減らしたり、消毒を徹底したりと、感染予防対策には抜かりがないご様子。生の音色を心待ちにしていたお客さんが大勢いらっしゃったそうです。

 

続いて、朝日バス妻沼行きで終点の妻沼まで。

妻沼行きのバスは、妻沼下町から県道を外れ、妻沼ニュータウンに進んでいきます。妻沼東中学校の近くに妻沼バス停はありました。

 

バスを降り、ニュータウンを歩き、妻沼中央公民館へ立ち寄りました。敷地にある妻沼展示館には、なんと電車が一両まるまる展示されていました。正確にはそれはディーゼルカー。1983 年まで熊谷駅と妻沼駅を結んでいた東武鉄道熊谷線の車両です。地元では、妻沼線と呼ばれ愛されていました。朝夕は 2 両でしたが、日中は 1 両編成。 10.1km を結んでいました。本数は、 1 時間に 1 本程度。戦時中に建設が始まり、太田までつながる計画でしたが、妻沼まで開業したところで終戦。工事は中止されました。そして、モータリゼーションの波に飲まれ、1983年廃止となりました。経営を引き継ぐ会社が現れなかったのは残念です。

 

そして妻沼の市街地を歩く。さわたさんでチーズ大福を頂いたりしながら。妻沼は金融機関が充実している。郵便局、JAくまがや以外にも、熊谷商工信用組合、埼玉りそな銀行、群馬銀行、東和銀行の支店がある。聖天山歓喜院の境内をぶらぶらすると猫が多い。境内や駐車場のクルマのそばなど。

 

妻沼聖天前より、朝日バス太田駅に乗る。刀水橋で利根川を渡り、いよいよ群馬県太田市に。

次はマリエール太田前バス停下車。 西矢島交差点周辺を巡る。この交差点付近はチェーンの飲食店が多い。CoCo 壱番屋、やよい軒、丸亀製麺、洋麺亭、徳樹庵マクドナルドなどなど。その昔、珈琲貴族だったか貴族の森だったかがあったけど、しばらく前に閉店。敷地はマクドナルドが囲むようにある。ずっと更地になっていて、何ができるのかなと思っていたが、結局マクドナルドの敷地に含まれて。マクドナルドの建物も新しく建てかえられました。

 

今回の旅はここまで。続きはまたいつの日か。

 

(樽見 潔)