お知らせ

すいっとプロジェクトでは、FM.クマガヤでラジオ番組を提供しています。

放送局:FM.クマガヤ 87.6MHz
番組名:しゅっぱつ!すいっと探険隊
放送時間:毎月第3日曜日 18:00〜19:00

番組紹介:熊谷をスタート地点にあちらこちらへ街歩きに行って来ます。 気になるスポットのほか、電車やバス、道路や街のつくりにもクローズアップしていきます。 番組を聴いたら、街の見方が少し変わるかも?!

FM.クマガヤ 87.6MHz
埼玉県熊谷市・行田市付近で受信できます。

PCで聴取される方、スマホアプリで聴取される方はこちらから!
https://fmplapla.com/fmkumagaya/

探険隊が訪れた街(ただいま作成中です。)

過去の番組

しゅっぱつ!すいっと探険隊アーカイブ

2021年4月18日(日)千葉県成田市

しゅっぱつ!すいっと探険隊。今日は、千葉県成田市を探険します。

皆さんにとって、成田はどんなイメージですか?

 

曲ⅰ 山下達郎「RIDE ON TIME」

 

この曲は、木村拓哉さんがパイロット役で主演したテレビドラマ「グッドラック」の主題歌でした。2003年のドラマだったのですね。ということで、成田で連想するのは、やはり成田空港。しかし、成田山新勝寺の門前町でもあります。

 

さて、今回すいっと探険隊は熊谷から上野東京ラインで東京まで乗り、総武線快速電車に乗り換えJR成田駅へ到着。駅前の観光案内所に立ち寄ったあと、バスに乗り成田市立図書館へ向かいました。その土地の情報を得るには観光案内所が適していますが、その土地の図書館で調べる方法もあります。各地の図書館には参考資料室(呼び方は様々ですが)があって、郷土資料などが揃っていて地域について調べるときにとても役立ちます。私は成田空港の歴史をざっくり調べたかったのです。図書館では司書さんに事情を話すと、何冊か資料を提示して下さり、とても親切に対応して頂きました。

 

 

成田市立図書館は、成田ニュータウンにあります。ニュータウンがあるのは、熊谷と同じくらい東京から離れている成田ですから、想像に難くありません。大都市に通勤・通学する人たちが多くいてベッドタウンになっているのでしょう。しかし、成田ニュータウンには成田ならではの特徴がありました。それは、成田ニュータウンには成田空港に関係している人たちもまた、多く住んでいるということです。それを聴いたときには、とても納得が行きました。

 

 

ニュータウンと呼ばれる場所に来ると、いつも気づくことがあります。それは、ニュータウンには商店街らしきものが見当たらないのです。成田ニュータウンは大きくていくつかの地区に分かれていますが、図書館のある地区の中心部にはボンベルタ百貨店があり複合施設もありました。複合施設にはスポーツジムや自治体の出先機関などが入居していました。

 

徐々にお店が増え、立ち並んでいき形成される商店街と異なり、ニュータウンは大げさに言えばある日突然街ができあがっていくことになります。都市計画により街の中心部が商業地域に用途指定されるとショッピングセンターがやってきます。熊谷市のお隣、深谷市に上柴ニュータウンがありますが、上柴地区にも商店街らしきものは見当たらず、街の中心部には大型商業施設があります。

 

曲ⅱ Lamp「過ぎる春の」

 

さて、路線バスでJR成田駅に戻り、西口から東口へ移動します。

ここからは成田山新勝寺を目指しました。成田山新勝寺は真言宗智山派の大本山。「成田屋」の屋号で知られる歌舞伎役者市川團十郎との縁も深いお寺です。新勝寺へ続く参道は、JR・京成の両方の成田駅からおよそ800メートル。以前訪れたときよりも人通りは少ないように感じました。参道は単調ではなく、歩くのが楽しい通りです。一度坂を下り、後半は坂を上がっていきます。カーブも多く、景色の移り変わりを楽しめます。通り沿いのお店には、うなぎ屋さんなどたくさんのお店がありました。いいにおいが漂ってきます。食べ歩きも楽しそうです。成田ゆめ牧場の売店もあります。そして、公衆トイレが短い間隔でおかれ、観光案内所の設置もあり、観光客に優しい通りでした。

 

 

成田山新勝寺の入り口では、大きな総門が出迎えてくれます。総門をくぐると石段を経て、本堂にたどり着けます。石段を登るのが難しい方には、エレベーターを選べます。本堂でお参りを済ませたあと、おみくじを引きました。新勝寺のおみくじは持ち帰るものらしく、おみくじを結びつける場所はありませんでした。願いが叶ったときにお礼参りに来ると良さそうです。

 

新勝寺の近くに素敵な純喫茶がありましたので、少し休んでいくことにしました。喫茶チルチルさん。店内はブラウンの色調で、子供の頃に憧れた喫茶店の情景そのものでした。ホットコーヒーを頂きました。まだホットコーヒーを楽しめる季節だったのです。

 

駅へ戻る道中、気になる土蔵造りのお店がありました。そこは薬局でした。一粒丸三橋薬局さん(いちりゅうがん・みつはしやっきょく)。薬局の方にお話を伺ったところ、江戸時代から一粒丸という腹ぐすりを製造販売しているとのこと。古くは、成田山詣でをしている旅人が道中の体調不良に備え一粒丸を購入していったそうです。このような歴史のあるお薬が成田にあったとは知りませんでした。いまでも途絶えることなく作られているのはうれしいですね。

 

曲ⅲ 中森明菜「北ウイング」

 

成田の市街地、京成成田駅から京成電車に乗り成田空港へ。まずは第1ターミナルビルをめざし、終点の成田空港駅で下車。第一印象は、人が少ない、でした。コロナ禍ですからね。第1ターミナルでは、屋上の展望デッキで離発着する飛行機を眺めました。飛行機が離陸する瞬間は、いつも感動します。展望デッキには、家族連れや制服姿の学生がいて、皆さんご近所の方々でしょうか、楽しんでいるようでした。

 

 

空港内には各ターミナルを時計回りに巡回する無料のバスが走っています。それに乗り、第2ターミナルと第3ターミナルも回りました。

第2ターミナルでも開いているカウンターは限られているし人は少なかったです。一方で、第3ターミナルは割と賑わいがあったように記憶しています。第3ターミナルは最も新しいターミナルでLCCの利用者のために設けられました。

 

 

成田空港は、そもそも航空需要が高まり羽田空港の他に空港が必要となり計画されました。国は、その新しい空港の建設地として、国有地が多く民有地の買収が少なくてすむ成田に決定。完成を急いだ国は土地の収用を進めますが、反発や抵抗は激しいものがありました。時には力の衝突により、負傷者が出たり死者が出たりもしたそうです。計画ははかどりませんでしたが、1978年(昭和53年)滑走路1本のみで成田空港は開港します。当時の正式名称は、新東京国際空港。その後も膠着状態は続きますが、シンポジウムや円卓会議の開催など、徐々に国と地元の対話が持たれるようになりました。

 

成田空港は、いまでも完成していません。計画では滑走路が3本になる予定です。空港整備のような大きな公共政策を打つときには、多数のために少数が我慢や犠牲を強いられることが出てきます。当然、十分な補償が必要ですが、あらかじめ事業について十分に説明を尽くし、対話を持ち、全体で合意形成を行うことが求められます。今後、成田空港問題を解決するための対話がどのように進んでいくのか、注目しています。

 

さて、すいっとプロジェクトでは、鉄道新線構想「成田レインボーライン」を提案しています。東京一極集中の是正に役立つよう環状鉄道として機能するように、また成田空港をたくさんの人たちで使えるよう空港連絡鉄道として機能するように構想しています。そして、東北・上越新幹線と交差する地点から、新幹線電車が成田空港まで乗り入れができるように線路を作ることも提案に含んでいます。東日本全体で成田空港を生かしていくアイデア、皆さんいかがでしょうか。

 

今回、成田の探険で、成田の方と名刺交換をさせて頂いたりもしました。今後、成田の皆さんと交流を進め、成田レインボーラインについて連携できればうれしい限りです。

 

帰路、京成スカイライナーに乗りました。最高速度、時速160km。速かったですね。

 

 

今日おかけした曲

・山下達郎「RIDE ON TIME」

・Lamp「過ぎる春の」

・中森明菜「北ウイング」

・アメリカ横断ウルトラクイズ オリジナルサウンドトラック「ULTRA QUIZ Main Theme」

 

2021年3月21日(日)東武スカイツリーライン堀切駅

 

しゅっぱつ!すいっと探険隊。今日は、東京都足立区の東武スカイツリーライン(伊勢崎線)堀切駅周辺を探険します。

熊谷から上野東京ラインで上野まで乗り、常磐線で北千住へ。そこから東武スカイツリーラインに乗り換え堀切駅下車。駅を出て階段を上ると、荒川の河川敷と広い空が広がっていました。

 

 

曲ⅰ 海援隊「新しい人へ」

 

そうです、堀切駅周辺は、あのテレビドラマ「3年B組金八先生」のロケ地として知られています。ドラマの中でも、この荒川の風景はしばしば映し出されました。金八先生や生徒さんたちが土手を歩く風景が思い出されます。探険の日には、野球の試合をしていたり、ジョギングやサイクリングをしている人たちをたくさん見かけました。

 

まずおかけした、海援隊「新しい人へ」は、金八先生第5シリーズ(1999年~2000年)の主題歌でした。第5シリーズは、風間俊介さん演じる兼末健次郎が中心的な生徒でした。複雑な家庭環境に翻弄され、学校では残酷に先生や生徒を追い詰めて行きます。最終的には金八先生に救われていくのですが、風間さんの演技には驚かされました。

 

跨線橋を渡り、堀切駅の西側へ移動します。そこにはドラマで桜中学として使われた足立区立第二中学校の校舎があります。統廃合によりすでに閉校となっていて、いまでは東京未来大学になっていました。

 

 

曲ⅱ 中島みゆき「世情」

 

金八先生シリーズの中で私が強く印象に残っているのは、第2シリーズの「腐ったミカン」。加藤勝役の直江喜一さん、松浦悟役の沖田浩之さん、迫田八重子役の川上麻衣子さんらが出演していた第2シリーズ。加藤勝は転校生で、前の学校では不良だったので腐ったミカンとして排除される。腐ったミカンがあると、他のミカンをも腐らせるから、と。桜中学では金八先生から人として大切にされ心を開いていく。卒業式直前、前の中学に乗り込み、自らを酷く扱った教師たちを放送室に監禁し謝罪を求めるも、警察に逮捕され、護送車で連れて行かれる。そのシーンで流れていたのが、中島みゆきの「世情」でした。

探険の時にも、東京未来大学の前で「ここから護送車が出発したのだな」とそのシーンを思い出しました。

 

東京未来大学をあとにして、探険を進めます。住宅が密集する地区を進んでいくと、柳原千草園がありました。公園というより庭園といったところで、梅が咲いていましたし水仙もきれいでした。元々は工場があったそうで、工場跡地を足立区が区民の憩いの場に整備しました。住宅密集地のオアシスでした。防災上、このような空間は有意義ですね。

 

 

 

また、このあたりでは銭湯をよく見かけました。まだ残っているのですね。それぞれの住居に必ずしもお風呂が備え付けられていなかった時代に比べ、銭湯の経営は苦しい時代ではないかと思いましたが、今では癒やしの空間、あるいはレジャー施設としての意味が大きいのかもしれません。

 

住宅密集地を抜け、大通りに出るとそこには高層マンションが建っていたりもします。マンションが上に伸びると必然的にスリムになるもので、マンションの敷地にはキッチンカーが出張していました。コロナ禍ですので、お弁当で中食(なかしょく)できるのは便利ですね。

 

さて、私のお昼は、「稲荷ずし・松むら」さんで。稲荷ずしとかんぴょうの海苔巻きを販売しています。テイクアウトのお客さんがチラホラやってきますが、店内でも食べられるということで、私は店内でお寿司を頂きました。稲荷ずしだけでも、海苔巻きだけでもお皿に盛り付けてもらえますが、私は「まじり」にして、稲荷ずしとかんぴょう巻きの両方を盛り付けて頂きました。お店の方はとても気さくに話をして下さって、桜中学の撮影では平日でも屋外でのロケは行われていたと教えてくれました。頂いた稲荷ずしの美味しさはさることながら、私は海苔巻きに包まれているかんぴょうの美味しさが印象に残っています。かんぴょう巻きのかんぴょうは甘く煮付けてあって、食べると口の中に甘さが広がっていくものですが。松むらさんのかんぴょうは、だらだら甘さが広がりません。けじめのある甘さでとても美味しかったのです。

 

 

 

曲ⅲ 城之内ミサ「気まぐれ白書」

 

こちらの曲は、TBSテレビのドラマ「スタンドバイミー気まぐれ白書」(1987年)のテーマソングでした。小川範子さん演じる中学生の上田伸江が主人公。伸江は両親の不仲により、国内ホームステイができる「チャイルドハウス」にやってきます。そこでは志穂美悦子さん演じる倉田利子や、伊東四朗演じる音次などとぶつかり合いながらすさんだ心を開いていきます。小川範子さんは私と同性代の女優さんですが、志穂美悦子さんとの乱闘シーンは秀逸ですごい女優さんだなと思ったものです。シンガーソングライターとしてそのドラマの主題歌を歌っていた城之内ミサさんは、その後「3年B組金八先生」の劇伴を担当することになります。

 

金八先生でおなじみの、あの荒川の風景。実はあの荒川は人工放水路だったりします。もともと荒川は隅田川の経路で東京湾に注いでいましたが、昭和5年(1930年)に洪水対策として赤羽付近から新たに掘削された荒川放水路が完成しています。

そして、その対岸に見える高速道路は首都高速道路中央環状線です。東京ディズニーリゾートにクルマで向かうときに使ったことがある方がいると思います。その首都高中央環状線は単独で計画されたものではありません。首都圏の高速道路の「3環状9放射」として昭和38年(1963年)に計画された道路ネットワークのひとつです。

 

 

 

住宅密集地を巡りながら、商店街が現れるなど徐々に賑やかになっていく通りを抜けると、今回の探険のゴールである北千住駅に到着します。

つくばエクスプレスが乗り入れて、大学もいくつかやってきて、伸び盛りの北千住です。

駅近の喫茶店で、温かいコーヒーを頂きながら心地よい達成感に包まれました。

 

 

今日おかけした曲

・海援隊「新しい人へ」

・中島みゆき「世情」

・城之内ミサ「気まぐれ白書」

・海援隊「贈る言葉」

 

(樽見 潔)

 

2021年2月21日(日)熊谷スポーツ文化公園

今回のしゅっぱつ!すいっと探険隊は、熊谷スポーツ文化公園を探険しました。すいっとのメンバーと3人で巡りました。

 

 

 

私たちは熊谷駅に集合して、路線バスを使わずに歩き始めました。熊谷駅北口から駅前通を抜け、ラグビーロードを歩いて行きます。もともとは、さいたま博通りという名前でした。途中、県立図書館、ハローワークなど公共性の高い施設のあるエリアがありますが、その一角に建築計画があることを示す看板が立っていました。「ああ、ここか」とあることを思い出します。

 

昨年に新聞記事になりましたが、熊谷児童相談所の移転新築のニュースがありました。現在の熊谷児童相談所が老朽化したため、隣の敷地に新築するというニュースです。そして、新しい児童相談所には一時保護所が併設されることになるとも伝えられました。一時保護所とは、虐待のある家庭から保護した子供の、当面の生活の場となる施設です。県北部と秩父地域を管轄する熊谷児童相談所には、これまで一時保護所がありませんでした。家庭からの保護があった場合には、他地域のたとえば上尾市にある中央児童相談所の一時保護施設などを利用していたそうです。しかし、近年、虐待案件が増加していることから、熊谷児童相談所の新築を機に一時保護所の一体整備が計画されることになったそうです。

 

虐待の通報は、3桁の電話番号189番があるそうで虐待を受けている子供を救うために役立てられて欲しいと思います。また、子供に手を上げてしまうことを悩む親御さんのための相談機関でもありますので、児童相談所を役立てて欲しいと思います。

 

さて、ラグビーロードを歩いていると、お菓子屋さんが目に付きます。和菓子店をはじめ洋菓子店、なかにはお団子屋さんなど。食べ歩きには楽しい通りかもしれません。熊谷バイパスを横断した先にも洋菓子店がありました。

 

 

手作りチーズケーキのお店COTS。開店してから今年で22年になるそうです。コロナ禍の折り、今はテイクアウト販売のみの営業。チーズケーキは種類が豊富で冷凍販売されています。おうちに着く頃に食べ頃になっているそうです。私も一つ購入しました。 

 

熊谷駅から歩くこと4㎞弱で、熊谷スポーツ文化公園に到着。

熊谷スポーツ公園は、当初、北武蔵公園として都市計画決定されました。開園前には1988年(昭和63年)さいたま博覧会が開かれました。リニアモーターカーや数々のパビリオンが開設され楽しむことができました。私は6回も行きましたよ。そして、そのさいたま博覧会にあわせて秩父鉄道ではSLが走り始めました。

1991年(平成3年)にラグビー場を中心に、ソフトボール場、散策路が開設。また、2003年(平成15年)には、翌年2004年に開催される第59回国民体育大会のメイン会場となる陸上競技場や彩の国くまがやドームが開設されました。

公園の計画面積は99.7㏊で、東京ドーム約21個分になります。いまいちピンと来ませんが。

 

公園には、ジョギングや散歩をする方々、オカリナの練習をする人もいて、皆さん思い思いに過ごしていました。私たちもベンチに座り、先ほど購入したチーズケーキを頂きました。ほどよく柔らかくなっていて、美味しく頂けました。私が頂いたのはメイプル味。ほんのり甘いチーズケーキでした。

 

さて、公園内を見渡すと、建設中の建物がありました。こちらは埼玉県ラグビーフットボール協会が設置する新施設で、管理棟・屋内運動場・宿泊棟の3棟できるそうです。また、熊谷に本拠地を移転するパナソニックワイルドナイツのクラブハウスとしても利用されるとのこと。2021年8月頃の完成を予定しています。

 

 

そして、ラグビー場のAグラウンド。キャップ・ラガーズクラブハウス熊谷がありました。ラグビーショップとしてグッズの購入ができるほか、カフェアンドパブとして、Aグラウンドを眺めながら食事ができます。私たちもグラウンドを間近に感じられる席で食事をしましたが、ここから試合観戦ができたらどんなに興奮するだろうと思いました。

 

ラグビーと言えば、2019年にはこのAグラウンドがラグビーワールドカップの会場の一つとなりました。関係者はもとより、大勢のボランティアの力添えがあり、ワールドカップは大成功に終わりましたが、私も当時熊谷ラグビー合唱団の一員として、試合会場やファンゾーンで、各国の国歌を歌わせて頂きました。そのような形で大会に関わることができ、大変得がたい経験でした。

 

当時、ラグビー場にはたくさんの観客が集まったわけですが、大会ではその観客輸送も注目されました。熊谷駅から4キロ弱離れているため、大がかりなバスのピストン輸送が行われました。そのうち、2019年10月9日の試合終了後には、熊谷スポーツ文化公園から熊谷駅までバスが187便走り、8994人を運んでいます。運び終わるまでにかかった時間は3時間。他にも、籠原駅など他の駅や、行政センターなど市内のパークアンドライド対応の駐車場までもバスは走りましたが。それらバスを利用しない方々は、ラグビーロードを駅まで歩いていました。

 

熊谷スポーツ文化公園のラグビー場Aグラウンドの観客席数は24000席、陸上競技場は15400席。公園には、ほかにも彩の国くまがやドームやソフトボール場など施設があります。そして、公園の駐車場は、常設が1400台分、臨時が1400台分の合わせて2800台分です。今後も、公園アクセスは課題として残っていくでしょう。

 

その公園アクセスをどのように解決していくのか。たとえば観戦チケットをバス送迎付きにするなど、あらかじめ輸送量が確定できるようにして輸送計画を立てると、少しは解決に近づくのかもしれないと思います。しかし、なかなか有効な方法が浮かびません。何より、おのおの観戦に来場して下さい、という方法が交通渋滞やバスに乗りきれないなど最も現場の混乱を招くように思います。

 

すいっとプロジェクトでは抜本的な解決として、公園アクセス鉄道の建設を提案しています。熊谷駅から東武熊谷線の廃線敷を活用して、公園まで鉄道を敷くのです。鉄道は、大量輸送機関と呼ばれることがあります。たとえば10両編成の通勤電車は一度におよそ1500人の人を運ぶことができます。アクセス鉄道を整備することで、熊谷スポーツ文化公園のポテンシャルを最大限に引き出すことができるのではないでしょうか。

 

 

さて、探険の終盤、陸上競技場の南側すぐにある、珈琲工房香澄さんに立ち寄りました。普段の公園の様子を見続けてきたマスターにお話を伺いました。

朝晩は、一生懸命ジョギングしたり歩かれる方が多く見られますが、日中はゆっくり散策したり、わんちゃんを連れた方も多くいると言うことでした。中には遠方から来られる方もいるそうで、公園の来場者のかたがお店に立ち寄ることも良くあるそうです。

そのお話を聞いて、私ははっとさせられました。そうだ、ここは公園なのだと。これまでラグビーの試合や各種の大会が開かれるなど、イベント会場として強く認識していることに気がつきました。ベンチに座って、風を感じ時間を忘れてもいいじゃないか、芝生に寝転んで流れていく雲を見上げていてもいいじゃないか、そんなことを思いました。

 

熊谷スポーツ文化公園は気軽に訪れることができる場所であることを、最後に認識した探険でした。

 

今日おかけした曲

・DIMENSION「ROUND TRIP」

・Tommy Snyder「SUPERHERO」

・Salyu「プラットホーム」

 

(樽見 潔)

2021年1月17日(日)熊谷スポーツ文化公園・熊谷市中条地区・葛和田地区

しゅっぱつ!すいっと探険隊。今回は、熊谷スポーツ文化公園・熊谷市中条地区・葛和田地区を巡ります。年末の休暇を利用しての探険だったため、どこもお店があいておらず苦戦しました。樽見が巡ります。

 

さて、私は熊谷駅北口から、朝日バス西小泉駅行きに乗り込みました。一昨年のラグビーワールドカップの時、大幡バス停からラグビー場まで歩けるぞ、という話を聴いていたので試したくなったのです。

 

その大幡バス停とは、熊谷駅から妻沼や太田駅へ向かうバスが停まります。県道太田熊谷線で国道17号熊谷バイパスをこえてしばらく北上して、セブンイレブン熊谷柿沼店の前にあります。そういえば県道太田熊谷線のことは妻沼街道と呼ぶ人もいますね。

 

こちらの大幡バス停から、熊谷スポーツ文化公園ラグビー場までは約1.8km、歩くと20~25分の距離でしょうか。田んぼの中を抜け、集落を抜け、歩きやすいコースでした。途中、小曽根神社で休憩をしました。神社には昔ながらの手こぎ式の井戸があり、懐かしかったです。また、ルートには野菜の無人販売所があり、クルマで乗り付けて買い物をしている方がいて、かなり気になる販売所でした。

 

さて、熊谷スポーツ文化公園に到着しました。年末だから何もイベントは行われていないだろうと思っていたのですが、ちょうど「ベジタブルマラソン」という大会が行われていて、一生懸命なランナーの皆さんがたくさんいました。熊谷スポーツ文化公園については、また機会を改めて探険したいと思います。

 

次に、熊谷スポーツ文化公園から熊谷市中条地区へ向かいました。赤城神社バス停から、国際十王バス葛和田(くずわだ)行きに乗り、中条学校バス停で下車。しばらく散策すると、熊谷厄除け大師常光院がありました。

 

常光院は天台宗別格本山。参道には提灯が取り付けられるなど、お寺の方が新年を迎える準備をされていました。敷地は大変緑が多く、落ち着く空間でした。そして、100円でおみくじを引かせて頂きました

おみくじには金色の小さい亀さんが付いていて、いまでもお財布に入れています。大吉のうえにうれしいおみくじでした。

 

さらに散策を進めると、上中条簡易郵便局がありました。昔の農家住宅というか、古民家のレトロな郵便局。インターネットで調べてみると、簡易郵便局とは郵政の職員さんではなく、地域の方々に業務を委託している郵便局なんだそうです。私が知る限りでは、農協や大学が委託を受けている簡易郵便局に行ったことがあります。このような仕組みをも用いることで、全国あまねく郵政のサービスは行き届いている模様。

 

再度、国際十王バス葛和田行きに乗り込み、終点の葛和田バス停へ。バスは終点に近づくと利根川の土手に這い上がり、やがて河川敷へ降りてゆきます。そこが終点葛和田バス停。砂埃が舞い、冷たい風が吹き荒ぶ過酷な状況でした。

 

しかし、バス停の前には、渡船場があります。対岸の群馬県千代田町赤岩と結ぶ渡し船「赤岩渡船」です。赤岩渡船には時刻表がありません。千代田町側にある渡船事務所に通知すると、その都度渡し船は迎えに来てくれます。その通知の仕方がユニーク。なんと黄色い旗をポールに掲げるというもの。対岸の係員さんが葛和田側の旗が上がっているかを見ていてくれているそうです。

 

私も、さて旗を揚げようかとすると、なんとその日は年末のため、午後2時で運行終了との張り紙が。これは残念。赤岩渡船の話をラジオでいっぱい話したかったのですが。さらに残念だったのは、同じく葛和田地区にある荻野吟子記念館も年末のため休館。荻野吟子とは、日本初の女医さんです。

 

探険の終盤、熊谷駅へ戻る方法として、熊谷市の市内循環バス「ゆうゆうバス」に乗ることにしました。私は、妻沼行政センターから熊谷駅南口へ向かうグライダー号に乗りました。乗車停留所は葛和田老人憩いの家。運賃は100円。バスは、集落を隈無く巡回していき、クネクネとよく右左折します。乗っているのは私を含め3人。中には、大きなスーツケースを抱えた男性もいました。

 

民間の路線バスが、国道や県道を直線的に走るのとは対照的でした。バスに乗っている間、私はこのゆうゆうバスが、どのようなお客さんをターゲットにして運行しているのか気になっていました。

 

たとえば、地方のローカル鉄道で、朝夕は本数がいくらかあるのに、日中は2~3時間列車が来ないとすると、通勤通学客に重きを置いているのが想像できます。ゆうゆうバスの中でも、大里地区を走るひまわり号は比較的本数が多く、日中は毎時1本程度、朝夕はそれより間隔は小さくなります。他のゆうゆうバスはおおむね1日に5~8往復の運行にとどまります。これは、昭和58年(1983年)に廃止された東武熊谷線よりも少ない本数です。

 

本数が少ないと、先ほどの大きなスーツケースを携えた男性のように(出張に出かけるのでしょうか?)、片道利用での価値はあるのですが、なかなか往復では利用してもらえないのではないでしょうか。出かける時刻にバスがあっても、帰る頃にちょうど良いバスがないのでは、バスの利用をためらいます。往復利用をしやすくなるくらいに運行本数を増やすことは必要だと思います。

 

さて、行政が計画した循環バスですので、民業圧迫とならないように民間の路線バスには配慮があるのではないかと推察しています。しかし、私は、自治体の循環バスと民間の路線バスは、競争関係ではなく、お互いに補い合える関係を作れるのではないかと考えています。直線的に幹線輸送を行う民間と、集落を隈無く巡回する自治体。互いのバスを乗り換えできるように、共通のバス停を増やしていけば大変便利な公共交通のネットワークに仕上がるのではないでしょうか。

 

また、これは路線バス全体を考えた場合ですが、バス停の地上設備に工夫をすると、よりバス利用者が増えるように思います。たとえば、バス停に駐輪場を設ければ、バス停から離れたところに住む人もアクセスしやすくなります。

 

他にも、IC乗車券の導入や、乗り換え割引、MaaS(マース)の導入など、バスを利用しやすい環境を作ることで、自治体の循環バスをはじめとして路線バスは私たちの生活をますます便利にできると思いました。

 

 

本日おかけした曲

・B'z「love me,I love you」

・かの香織「午前2時のエンジェル」

・ヤン・スギョン「涙の虹を渡れば」

2020年12月20日(日)東武東上線北坂戸・坂戸駅

しゅっぱつ!すいっと探険隊。今回は、東武東上線北坂戸駅を目指します。熊谷駅から国際十王バスに乗り東松山駅へ行き、東武東上線に乗り換えました。北坂戸駅からは同じく東武東上線の駅である坂戸駅まで歩きます。すいっとの男性メンバーと2人で探険しました。

 

熊谷駅北口ロータリーを出発した国際十王バス東松山駅行きは、東松山駅までおよそ45分で走破、580円の運賃でした。そして東武東上線東松山駅から北坂戸駅まではおよそ7分、運賃は200円。

 

 


北坂戸駅の西口を出ると、10階建てくらいの集合住宅が建ち並んでいます。そこは北坂戸団地。北坂戸駅から池袋までは電車で45~50分くらいなんだとか。駅の近くに自治会の「ふれあいサロン」や「にぎわいサロン」があり、鳩山町の東京電機大学が運営しているパソコン教室など、いろいろな教室が開講されている模様。このように大きな団地だと、いろいろなことが気になります。コミュニティの形成とか維持はどうしているの?、ご近所づきあいは希薄なの?、住んでいる方々の年齢構成は?、高齢化は進んでいる?民生委員さんは大変では?などなど。ちなみにいまの管理戸数は約3000だそう。

 

どこの団地のことなのかは忘れましたが、部屋の間取りは小さいお子さんのいる若い夫婦が暮らすものとして設計されたと聞いたことがあります。北坂戸団地にそれが当てはまるのかはわかりませんが。そしてその家族は、いずれ一戸建てを手に入れ団地を巣立っていくという前提で。時代を感じますね。日本経済に勢いのあった時代には、そのような生涯設計ができたのでしょう。団地には夢があったのだと想像しました。

 

団地をあとにした私たちは、坂戸市の中心市街地を目指して歩き始めました。途中、ドライブスルーのクリーニング店がありました。クルマを降りずに洗濯物の受け渡しができるようで興味深かった。そして気のせいでしょうか、坂戸には美容院が多いように感じました。

 

やがて、道沿いに坂戸市立中央図書館がありました。北坂戸団地についてほとんど知識がなかったので図書館で調べることにしました。司書の方に「北坂戸団地について調べています」と告げると、館内を探し回っていくつか資料を紹介してくれました。

 

北坂戸団地は日本住宅公団、いまのUR、独立行政法人都市再生機構が造ったそう。「URであ~る」のコマーシャルでおなじみですね。規模は120ヘクタール、当初の計画人口は2万人でした。

 

その昔、調べ物をするときには図書館に来たものでしたが、いまはインターネットがありネットでの検索が便利な時代。司書の方に、図書館に調べ物に来る人は減ったか聞いてみました。すると、「確かに減っているかもしれません。しかし、ネットで検索することと書物をあたることはちょっと違うのですよ」との返事が。なるほど。

 

図書館の近くに気になるカフェがありました。ガラス張りで、店内にはかわいい雑貨が並んでいます。そこは、カフェ チョコッティさん。私はバナナケーキ、一緒に行ったメンバーはカフェラテを注文しました。しばらくすると、カフェラテが運ばれてきました。カップにはかわいい猫ちゃんが載っています。こちらのカフェは3Dラテアートが有名なんだそうです。よく見かけるラテアートは描かれているハートや葉っぱが平面ですが、この猫ちゃんはもこもこの立体です。あまりにかわいすぎて、彼は崩すのにためらいがあったようですよ。私のほうのバナナケーキは、しっとりしていてバナナを強く感じとても美味しいケーキでした。

 

 

 

さて、お昼ご飯は、坂戸駅近くの、パーラー花きゃべつ。店内には地元の少年野球チームのポスターが貼られているなど、皆さんに愛されているご様子。私は花きゃべつスパゲティを注文しました。ナポリタンとサラダなどのプレートでしたが、その量にびっくりしました。まるで大盛りのようで食べきれるのか心配でした。でも、とても優しい味がするのです。おかげでペロッと平らげることができました。

 

坂戸は宿場町です。江戸時代から、八王子と日光を結ぶ街道筋です。その街道の呼び方はいろいろあるようで、日光街道、八王子街道、そして千人同心街道と呼ぶ場合もあるとのこと。こちらの街道は、八王子、坂戸の先は、東松山、吹上、行田、館林、佐野と続きます。

 

そして、坂戸駅からは、東武越生線が分岐しています。毛呂山や越生に向かいます。東武東上線と越生線のジャンクションである坂戸駅。住むには便利な街かもしれません。

 

 

今回おかけした曲

・キリンジ「エイリアンズ」

・大貫妙子「都会」

・ピチカート・ファイヴ「東京は夜の七時」

 

(樽見 潔)